悪い夢を見させてあげる……

「『暴走型エディター』」すずめさんが加藤さんの言葉を繰り返す。

「それは、どんなことをしてくる『エディター』なの?」


「説明するより見てもらった方が早いと思うんだけど」

 と、加藤さん。

「『最強の1年1組、理不尽スキル「椅子召喚」で異世界無双する。戦いも生活面も完璧な小学生と冒険しながら……』」

「長い」飯田さん。

「『最強の1年1組、理不尽スキル「椅子召喚」で異世界無双する……』」

「長い」

「『最強の1年1組、理不尽スキル「椅子召喚」で……』」

「長い」

「『最強の1年1組……』」

「長い」

「長くねーだろ」

 加藤さん。半ギレ。

「せめて『理不尽スキル』まで言わせろ」

「伊織姉さんはなろうナイズドされすぎなんだよ。ここは『カクヨム』だ」

 両手を広げる飯田さんに加藤さんが言い放つ。

「ああ、もういい! 『椅子』!」

 いいのかそれで……。


 と、加藤さんの手に、椅子。学校にあるような。小学校一年生サイズ。小さい。背もたれの部分を持つようにして手の中に。


「……おかしいでしょ?」

 椅子を抱えたまま、加藤さん。


「何がですか?」僕が訊ねると、赤坂さんが答える。

「加藤さんは、こと『主人公』にだけ絞って考えると『軍隊型』なんですよ」

「『軍隊型』?」

「物書きボーイにはサプライズとしてとっておこう。伊織姉さんはすず姉と一緒でPVも多いから一言では説明しづらい能力だしな」

 飯田さんが腰に手を当てる。

「……しかし姉さんが言いたいことも漠然と分かってきた気がするぞ」

「つまり、こういうこと?」すずめさんが顎に人差し指を当てる。

「作品が『拡大解釈』されたり『曲解』されたりして、本来の能力として使えなくなる?」


「そう」

「それってまんま今の私じゃないですか……」結月さん。

「私、その『暴走型』ってのに影響受けてるんだ」


「まさに、アイディアの暴走。読者側の暴走」

 加藤さんが椅子を置いて座る。サイズが合わない。何だこの能力。どこでも休めますってか? 便利っちゃ便利だがおばあちゃんが押してる手押し車みたいな性能だぞ? 本当にビッグスリー? 


「じゃあ、花ちゃんがここに来たのは正解だったかも、ってことね」

 すずめさん。

「自分に起こっているトラブルの根源に対処できる」

「痛い目に遭わせてやります」

 結月さん。両手でガッツポーズ。やる気満々、といった感じ。


「元気があるのはいいことだが……」飯田さんが振り返る。「あのバリア、突破しないことにはどうしようもないぞ」

「あれ、お城の中で眠ってる謎の生き物が原因で発生しているバリアなんですよね」

 栗栖さん。

「何とか城の内側に攻撃できないかな」赤坂さんが腕を組む。


 なんて、考えていた時だった。


(こんにちは)


 全員、驚く。


「今、何か聞こえたね」メロウ+さん。「幻、聴?」


(聞こえますか……私です……)

「誰だよ」加藤さん。

(私は今、皆さんの心に直接話しかけています……)


「ファンタジーって感じだね」すずめさん。

「テレパシーって言えばSFになりそうですが」僕はつぶやく。


 しかし思念は続ける。

(城の中は大混乱です……城壁の魔法が解除できず、誰も外に出ることができません……ログアウトも不可能です……緊急脱出ソフトも使えません……)


「じゃあ、現実世界でVR装置から脱出できなくなっている多くの『カクヨム』ユーザーがあの中に?」

 すずめさん。自分も三日間閉じ込められていたからか、他人事ではないのだろう。


「城壁の魔法ってあの球体バリアか?」飯田さんが訊ねると、思念が答える。

(違います……あれは『エディター』によるものです……)

「この上まだ城壁があるって言ってるのか」

 飯田さんがうんざりしたように天を仰ぐ。


(城壁の方は今、私が解除の方法を探っています……おそらく、ですが、可能性のある方法があります……)


「それはご親切に」皮肉っぽい飯田さん。

「っていうか、城の中の皆さん魔法を使えるんでしょう? どうして閉じこもっているんですか? 誰か解除できる人いないんですか?」

 僕が訊ねると、思念が答える。


(城の中は大混乱なのです……私以外誰一人としてまともじゃない……全員錯乱しているのです……)


「『暴走型』の影響かも」加藤さん。「私、あの城の前で変な『エディター』に遭遇したんだよね」

「変な『エディター』」栗栖さん。「どんなのですか」


「何か、上半身裸で、鹿みたいな脚してて、山羊みたいな角を頭に生やした……」

「その変態みたいな奴さぁ」変態の飯田さんが眼鏡型端末に指を当てる。

「こいつか?」

 眼鏡から投射された映像。


 それはさっき、バリア及び城の内側を探るためにH.O.L.M.E.S.が見せてきた映像だった。

 布団の中で、枕に突っ伏すようにして眠っている「何か」。


「あっ、そうそうこいつ!」加藤さんが指を差す。

「こいつが出てきた瞬間、わけもなくかっと頭に血が上って、私、椅子を取り出して……」


「どうやらこいつが諸悪の根源っぽいね」すずめさん。


(……『山羊男』の影響下に置かれたものは錯乱します……)

 思念が続ける。

(危険を察知し、私は教会に隠れました……今も隠れております……ここにいれば影響は受けないようです……ですが、扉から向こうは狂気の沙汰です……)


「まぁ、さっきの映像を見る限りそうだな」飯田さん。


(能力も正常には使えません……誰一人として『山羊男』に抵抗できないのです……)


「質問だ。いくら何でも『エディター』一体に君たちファンタジーの住民がやられるとは思えない」

 飯田さんは続ける。

「敵は複数か? 複数だとしたら何人いる?」


(……私が確認しているだけで、『山羊男』を含め七体……)

「多いな」

(どれも程度の違いはあれ、対象を混乱させる能力を持っているようです……私が推測するに、あれは『山羊男』の分裂体……)

 あいつ、分裂するんだ……。と、僕は映像の中の角の生えた男を見る。


(おそらく、ですが、大罪に対応しています……)

 大罪って「七つの大罪」か? また中二チックな。


「で、訊きたいんだが?」飯田さんが声を上げる。

「おたくの城を囲っているバリア、どうやったら破れる?」


(『破る』ことは不可能です……あれは『山羊男』が存在する限り存在するようです……)


 よく調べてますこと、と皮肉っぽく飯田さん。

「じゃあ、七十二時間の制限時間は変わらないってことね」すずめさん。


(……ですが、方法が全くないわけではありません……無力化できます……一時的に、ですが……)


「いいか、手助けして欲しいなら、だ」イライラした様子で飯田さん。

「そういう情報を先に提示してから取引しろ」


(悪夢を、悪夢を見せるのです……)

 思念。

(あのバリアの表面……あれは『山羊男』の夢……)


「夢?」僕はつぶやく。「じゃあ、『草を食べている夢』を見ているってこと?」


(……私の方からは外を確認できないので、何とも言い難いのですが……)

 思念は続ける。

(バリアの表面に陰惨無残、阿鼻叫喚、この世のものとは思えないほど惨たらしく恐ろしい地獄を……げふん。失礼。性癖が……バリアの表面に何か悪い影響を与えれば、おそらく『山羊男』は……)


「目を覚ます」メロウ+さん。「覚、醒」

「じゃあ、メロちゃんに頼んじゃおうかな」すずめさん。メロウ+さんを見ている。


 その視線に応えるように、彼女はすっと、前に出た。


「行ってこい。10000PVユーザー」

 飯田さんが興味を失くしたように球体に背を向ける。

「ゼロが一個少ない僕は作戦を練る」


 任せて、と、メロウ+さんはつぶやく。


「悪い夢を見させてあげる……」左手の水晶玉を構える。

「悪、夢」

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