お父様

「お父様」

 跪いた女がつぶやく。玉座に座っている、何かが応える。

「どうした」


「パラサイトが陥落しました」

 女の声。落ち着いている。澄んだ声。

「あいつが?」

 玉座の近く。

 山羊のような角、四足獣のような脚を持った男が驚く。


「早くないか? まだ一か月だぞ?」

「堕ちました」女はあくまでも、玉座に向かってのみ告げる。


「まぁ、あいつ、弱かったから」

 よく、見てみると。

 玉座の周りに、黒い霧が立ち込めている。

 霧の、一番濃いところ。

 ぎょろりとした目玉がひとつ、浮かんでいた。

 どうやら先程しゃべったのは、その目玉のようだ。


「コピーよ」

 玉座の上にいる何かが告げる。

「少々、警戒せねばならんな」

「おっしゃる通りです」

 女は項垂れる。

「想定外です。何が想定外の事態を招いたのかは、分かりませんが」


「パニック」

 玉座がつぶやく。

「お前の管轄はどうだ」


「堅牢ですぜ」

 山羊男が笑う。

「あいつら、自分で自分の首を絞めてやがる」

「外部からアクセスがあったそうだな」

 玉座が続ける。

「何者だ」


「さぁ。分かりゃしませんが、大したことない」

 山羊男は頭の後ろで手を組んだ。

「あの城の防壁は、破れない」


「油断するな」

 玉座が嗜める。

「既に想定外なのだ。既定路線ではない」


 と、沈黙。

 空気が、重たい。

 潰され、そうだ。


「……誰かが見ている」

 玉座。

 女と、山羊男がぎょっとしたような顔をする。

 玉座。手が見える。きらりと、指輪が二つ、光っている。


「そこにいるな」

 指輪のはめられた手が、こちらを指す。


 意識が浮く。

 意識が……意識が……。

 意識……いし……。



「おい……! おい……!」

 飯田さんの、声がした。

「物書きボーイ! しっかりしろ!」


 目が覚める。天井が見えた。しばし、混乱。


「急に倒れたんだよ」

 諏訪井さんの声。

「咄嗟に支えたけど」


「ログイントラブルか?」

 飯田さんが肩越しに誰かに向かって訊ねる。

〈診断中……特に異常はありません〉

 H.O.L.M.E.S.に訊いたようだ。


「じゃあ何で倒れたんだ?」

「医務室へ」すずめさんの声だ。

「『エディター』の影響かも。昨日濃厚に接触したんでしょ?」


「そんなこと言ったらすず姉なんて……」

 飯田さんの言葉にすずめさんが被せる。

「私はきちんとスキャンしてもらったから」


「クイックスキャンでもいいから、かけてもらった方がいいんじゃないかな」

 どこかから、ヒサ姉の声。

「俺もそう思う」

 視界の端。マグカップを持った日諸さん。


「う……、変な、夢を……」

「夢?」飯田さんが驚く。「アカウントのくせに?」

「どこかと混線したのかも」諏訪井さん。

「家のネット環境、どうなんだよ」


「一応、一般的な回線を使っていますけど……」

「エロ動画でも見たんじゃないか?」飯田さん。

「アダルトサイトで変なウィルスでももらってきたんだろ」

「セクハラだよ」日諸さん。


「とにかく、医務室へ」すずめさんが指示を飛ばす。

「ちょうどよかった。亜未田さんがランクアップしてる」

「ランクアップ……?」

 僕の声に、諏訪井さんが答える。

「昨日の戦闘が宣伝になったのか、奪還作戦従事者は読者が増えてね」

 諏訪井さんはよっこいしょ、と僕を起こしながら続ける。

「PVが増えた。よって能力の幅も拡張された。どういうわけか、亜未田さんの『変幻自在のファントムナイフ』が顕著に」

「亜未田さんは10000PV到達」ヒサ姉はのんびりとした口調だ。

「『その他の登場人物の能力』が選択肢に加わったんだ」


「あれは便利だな」飯田さんが笑う。

「治療、受けておいで」すずめさん。

「会議は、その後にしよう」


 諏訪井さんに、支えられて。

 階下の、医務室。

 自分が作った医務室に、自分が運ばれる違和感を覚えながら室内に入る。

 白いベッドの……これも僕が作ったものだが……脇に、まちゃかりさんと亜未田さんがいた。


「どうした?」亜未田さん。

「急に倒れた」答える諏訪井さん。

「稽古後のクールダウン?」

 諏訪井さんの問いにまちゃかりさんが頷く。

「そうだよ」

「亜未田さん、今日手に入れたばかりの能力、使ってよ」

 諏訪井さんにせがまれ、亜未田さんが笑う。

「任せろ」

 と、亜未田さんがぽん、と僕の肩に手を置く。

 途端に、頭が冴える。


「何したんですか」

 僕が問うと、亜未田さんが答える。

「『治療の針ヒーリングニードル』だ」

 亜未田さんは、誇らしげ。

「今日から選択肢に加わった能力のひとつだ。微細な針で刺すと、回復する。まぁ、『しすぎる』こともあるが……」


「亜未田さんがヒーラーにもなれるようになった。他にもおいしい能力が続々」

 まちゃかりさん。

「奇跡的な生還とはいえ、作戦に従事してよかったね」


「じゃあ、階下で稽古していたのって……」

「新能力を試す意味もあった」笑う亜未田さん。


「とにかく、元気が出たなら、だ」

 諏訪井さんが僕の背中を押す。

「会議だ。亜未田さんもまちゃかりさんも、上へ」



「と、いうわけで、だ」

 飯田さんが手を広げる。会議。念じれば出てくるテーブルの周りに「ノラ」のメンバーが集まって、話し合い。

「すず姉が見つけたテキストファイルをH.O.L.M.E.S.に分析させた。多少の破損はあったが修復可能だった。全文が以下だ」


〈暴走型『エディター』の根城を見つけた。『King Arthur』の城だ。あのギルド、あれだけの防御力を誇っていながら『エディター』に汚染されているようだ。何度か接触を試みたが堅牢な防御のせいで中に入れない。何が原因か分からないけど、私の能力もおかしい。『エディター』の影響であることは間違いないけれど、『部分的には』、というか、『ある意味では』能力が使える。むしろ調子がいいくらい? でも、不本意というか、馬鹿にされた気分。まぁ、とにかく、城への侵入を試みる。記:加藤伊織〉


「加藤伊織さん……?」

 僕の問いに飯田さんが答える。

「ビッグスリーの一人。ちょっと面白い人だが」

「三人の中じゃ、確かに変わってるかもね」すずめさんがくすくす笑う。

「えー、僕は……」と、まちゃかりさんが言いかけたところで、日諸さんが口を挟んだ。

「無事なのかな。加藤さん」

「無事ではなさそうだな」飯田さん。そのまま言葉を続ける。

「能力が使えるようで使えないような、けれど調子はいいようで馬鹿にされているような、まぁ何とも複雑な状態らしい」


「城って多分、『King Arthur』の基地だよね」ヒサ姉がのんびり訊ねる。「メモの文章から察するに」

「おそらくそうだ」飯田さんが腕をひゅっと動かす。それにH.O.L.M.E.S.が反応して、映像が展開される。


「え、これは……」

 誰もが息を呑む。それは複雑な光景だった。


 西洋風の、城「だった」もの。


 バリアだろうか? 薄い膜のような、球体の壁が見える。

 その壁には、ところどころ草が。

 見ようによっては、地球儀の「海」に相当する場所をスケルトンにしたような、変な球体に見える。


 そして、その草の上。

 でかい、四本足の生き物。


「何だあれ」誰かが訊ねる。

「羊か?」

「鹿だろ」

「牛じゃね?」

「馬の可能性も……」


「相手はファンタジーの世界の作家だ」

 飯田さんが肩をすくめる。

「キメラかもな。ま、そんなことはどうでもいい。ここだ」


 飯田さんが指を動かす。それに反応して、映像が拡大される。

「……これは伊織姉さんじゃないか?」


 飯田さんが示す、場所。

 薄い膜が地面と接触するポイント。

 奇妙な点。よく見て見ると。


 人型の何かが硬直していた。

 まるで、人形焼の型のような跡。


「これのどこが加藤さん?」すずめさんが訊ねる。

「見てくれ」飯田さんが答える。またも指の動きで映像を拡大する。

 彼の示す先。おそらく、人型の、手の部分。

 にょきっと手が生えていた。何かがある。握られて……いる? 

 

 飯田さんがみんなに問う。


「……これ、椅子だろ?」

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