子供
「聞こえるか、すず姉!」
メガホンを手にした飯田さんが叫ぶ。
「おうい、すず姉!」
叫んでいる間にも攻撃の手は止まない。
「何やってるんですか?」
僕は修復描写をしながら叫ぶ。
「呑気に声なんて上げてる場合じゃ……」
「まぁ見てろよ」
飯田さんがうんざりしたような調子で続ける。
「……何か合図が必要だな。えーっと……物書きボーイ。ポールを作れ!」
「ポール?」僕は訊き返す。「棒ですか?」
「そうだ!」飯田さんの近くの瓦礫が吹き飛ぶ。「急げ!」
「書きました!」棒一本立てるくらいなら訳ない。「でも、何を……」
「すず姉!」飯田さんが天に向かって叫ぶ。
「聞こえてたら、このポールを三つに切断してくれ!」
一瞬の、間。連続した音がした。すこんすこん、と間抜けな音。
と、次に瞼を開けた時には、僕が作ったポールが、綺麗に三分割されていた。
「やっぱりな」飯田さんが瓦礫の後ろに隠れる。
「どういうことっすか?」
少し離れた別の瓦礫の近くで、盾を構えたまちゃかりさんが訊く。
「すず姉も戦ってるんだよ」飯田さん。
「寄生種に抗ってるんだ」
「多少のコントロールは効くのか?」亜未田さん。飯田さんが答える。
「分からない。でもこっちのオーダー通り三分割した」
希望は、ある。
飯田さんは諦めていなかった。
と、その時。
〈アカウント陽澄すずめ様のメットに内蔵された通信システムに侵入できました〉
H.O.L.M.E.S.が報告を上げてくる。
〈通話が可能です〉
「でかした、H.O.L.M.E.S.」
飯田さんがメガホンをこちらに投げてくる。用済みなのだろう。
「すず姉聞こえるか?」
飯田さんの眼鏡型端末を通して聞こえる、雑音。
だが返事はない。
「……聞こえる前提で行くか。さっきのメガホンでも聞こえてたしな」
飯田さんが眼鏡型端末に指を添え、瓦礫の山越しに様子を見る。
「飯田氏、何をする気だ?」
日諸さん。「カムイ」で盾を作り、すずめさんの攻撃の間をかいくぐりながら近寄ってくる。
「ちょっとの間『カムイ』で守ってろ」飯田さんが指示を飛ばす。
「よし。すず姉ぇ!」
飯田さんが、続けて叫ぶ。
「お子さんは元気かぁ?」
砂を擦るような、音。かなり大きい。それも、連続している。
僕は瓦礫の山越しに音のした方を見た。
すずめさんが、着地していた。
動かない。いや、手や足はぴくぴく動いているのだが、必死に自制しているように見える。
飯田さんが続ける。
「お子さんいくつになるんだっけなぁ? すず姉いなくて大丈夫かぁ?」
さらに続ける。
「二日行方不明だったもんなぁ! 今日で三日目かぁ? 三日もVR装置の中にいたらお子さんは心配するなぁ? きっと心細いだろうよぉ!」
すずめさん。
膝の力が抜けたのだろうか。
地面に拳を突き、蹲っている。
背中のウィングが、出たり引っ込んだりを繰り返す。
「何だ? 何が起きている?」
日諸さんが訊く。飯田さんが答える。
「すず姉には子供がいる。母親だ」
飯田さんは笑う。にやりと、意地悪そうに。
「母の愛に勝るものはない」
そんな馬鹿な、と僕は思ったが、しかし実際に、目の前では。
すずめさんは蹲ったまま、動かない。
「息子さんいるんだっけかぁ? かわいいよなぁ?」
続けられた飯田さんの言葉に、すずめさんが、両拳をつく。背中のウィングが、完全に引っ込む。
「『小さな彼氏みたい』って、言ってたよなぁ?」
低い音を立てて、すずめさんの外見が変化する。
最初のスーツだ……。つまり、退化した。
「旦那さんも心配してるなぁ?」
と、飯田さんが叫んだ時だった。
音を立てて、飯田さんの近くにあった瓦礫の山が吹き飛んだ。
すずめさんがいない。どうやら攻撃してきたようだ。
日諸さんが「カムイ」で防御しながらつぶやく。
「『旦那さん』は効かないみたいだな」
「何だか切ないなぁ」と、しゃがみ込みながら飯田さん。
「仕方ない。子供一点張りだな」
飯田さんは叫び続ける。
「『イチくん』だっけか? すず姉、作中でもお子さん出してたよなぁ? 『レアメタリック・マミィ!』で!」
再び、砂を擦る大きな音。
また少し離れた場所で、すずめさんがスライディングするかのように低い姿勢で立ち止まっている。
飯田さんは囁く。
「すず姉、協力してくれ。お子さんのためだ」
飯田さんが立ち上がる。
「そのままじっとしていてくれ。何とか寄生種を取り出す!」
すずめさん。
ぎゅっと拳を、握りしめて。
手には剣。しかしふるふる震えたまま動かない。
飯田さんが、そっと近づく。
背中側に手を伸ばし、日諸さんに「こっちに来い」とサインを送る。
「『カムイ』だ」飯田さんがつぶやいたのが聞こえた。
「核を破壊するぞ」
「大丈夫なのか?」心配そうな日諸さん。「剣を持ってるぞ」
「死んだら諏訪井か物書きボーイだ」何事もないかのように飯田さん。
「まぁ、すず姉に殺されるなら本望さ。何度でもな」
そっと、近づく二人。
すずめさんは、動かない。
僕たちのインテリジェンスアシスタントシステムは、H.O.L.M.E.S.と連携している。
僕の耳には、飯田さんとすずめさんのやりとりが聞こえた。
「……て。……して」
断続的な、だがしっかりした声。
「はや……、や……」
「『早くして』、か?」
飯田さんが歩調を速める。日諸さんも続く。
「メット外せるか? 僕がとろうか?」
「……って」
「とってほしいんだな?」
飯田さんが、そっとすずめさんに近寄る。
手を伸ばす。メットに触れる。
慎重に、取り外す。
その下に見えたものは。
どくん、どくんと、脈打つ何か。
青紫色をしたスライムが、すずめさんの頭部を覆っている。
唇だけ見える。綺麗だった。
粘体に頭部を包まれながら、唇だけが露出しているすずめさんは、不思議な色気を放っていた。ある意味、妖艶だ。
飯田さんが、メットを足元に置いた。
「おお、我が子よ」
るかさんを守っていた『エディター』がつぶやく。
「息災だな」
「……キモ」るかさんがつぶやく。「何あれ。めちゃくちゃキモい」
「るか……」傷ついたような『エディター』。まぁ、いい気味。
「どこが核だ?」諏訪井さんが『エディター』に訊く。
しかし無視。
「どこが核?」るかさんが訊く。『エディター』が答える。
「ビー玉くらいの粒がある。それが核だ。俺は自分の雫を頭部につけることで寄生させる」
「あの雫、直撃しなくて正解だったな」亜未田さんが、僕に向かってつぶやく。
「お前、危うく寄生されるところだったぞ」
「飯田さん、ビー玉くらいの粒を探せ!」まちゃかりさんが叫ぶ。
「ビー玉だな!」
飯田さんが、そっとすずめさんの頭部に手を伸ばす。
後頭部。飯田さんが粘液の中に手を突っ込む。
そこから何かをつまみ出した。
ねばり、という音がしそうなほど液体が伸びる。
しかし何とか、ビー玉くらいの粒を引っ張り出した。
途端に、すずめさんが膝をつく。
彼女を支えながら、飯田さんがつまみだしたビー玉を地面に置く。
彼が口を開く。
「『カムイ』だ」
その合図で、日諸さんが陽炎のような何かを地面に置かれたビー玉に突き立てる。
瞬間、響き渡る。
甲高い、断末魔のような叫び。
「おお、我が子」『エディター』が悲しそうにつぶやく。
「さようなら。安らかに眠れ」
「これで、大丈夫なの?」るかさんが訊く。『エディター』が答える。
「ああ。寄生の支配からは解かれた」
「大丈夫か、すず姉」飯田さんが肩を貸す。
「やっぱ、すず姉はさすがだな。自力で寄生に抗った」
H.O.L.M.E.S.の、マイクだろう。
すずめさんの声が、僕たちにも聞こえてきた。
「あんた……卑怯よ……」悔しそうだが、同時に嬉しそうでもある声。
飯田さんが笑う。
「よく言われるよ」
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