変貌

「私も守って。みんなも守って」

 るかさん。結構無茶苦茶な注文。


「るかが望むなら」

『寄生種放出エディター』の無償の愛。泣けてはこない。こいつだから。


 しかし、『寄生種放出エディター』が戦力なのは間違いなかった。


 守れるし、攻められる。


 状況に応じて自在に変形でき、多少……残り八十五個だが……壊されても平気。


 そんな『エディター』の、アシストで。


「当たった!」

「……こっちもだ」


 日諸さんと、亜未田さん。

 どれほどのダメージを与えられているかは分からなかったが、少なくとも分かっていることがひとつ。


〈攻撃を加える度にバッテリー残量が大きく減ります〉

 H.O.L.M.E.S.の報告。

〈アカウントの身体保護にもバッテリーを割いているようです〉


「よし……! よし……!」

 主に日諸さんと亜未田さんと『エディター』。

 そしてその他のアカウントが攻撃を当てる度に、飯田さんが、拳を握る。

「いいぞ! さっきより希望が見えてる!」


「……飯田さん、何もしないじゃないっすか」

 高速移動をしながら。諏訪井さんがつぶやく。

「僕は戦闘向きの作家じゃない」

 大人しくまちゃかりさんの後ろに控えている。ここまで振り切るとむしろ清々しい。


 まぁ、僕も、人のことは言えないのだが。


「お前、るかに傷ひとつでもつけたら殺すからな」

『エディター』。僕はすずめさんの攻撃で、るかさんの隠れるシェルターが破壊される度に必死の思いで速記し、修復する。


 僕と、『エディター』。

 これで防御は結構手厚かった。まちゃかりさんは、飯田さんを守りつつ駆け回り、ピンチになったアカウントの防護に回る。時折盾でぶん殴る。攻守兼ね備えている感じだ。


「……文字通り消耗戦だな」

 飯田さんがつぶやく。額には汗。

「こっちが潰れる可能性はないにしても」


 アカウントが死にかける度に、諏訪井さんと僕で蘇生する。

 僕は筆記でアカウントの回復もできる。


「……っていうかさ、君が『すずめさんのバッテリーがなくなった』とか書けばいいんじゃないの?」

 飯田さん。しかし僕は言い返す。

「あのスーツの機構なんて分かるわけないでしょ!」

「想像しろよ。創造だろ?」

 誰かが言ったようなことをつぶやく飯田さん。何だろう。作家のキャッチコピーみたいなものなのだろうか?

「すず姉のスーツの機構を君の都合のいいように改変して、それでいじればいいだろう?」


「そんな想像力あったら作家になってます!」

 爆音。さながら……というか実際にそうなのだが……戦場だ。

「僕は『小説』を書いたことがないんです!」

「じゃあペンよこせ! 僕が書く」

 しかし、飯田さんがいくらペンを動かしても。

 何も書けないどころか、線すら出ない。


「何だこれ指紋認証か?」

 飯田さんがペンを返してくる。その間にも負傷するアカウント。破壊されるシェルター。

 慌てて修復描写をする。


「まぁ、書いて書いて書きまくるんだな」

 飯田さんが諦めたような顔をする。

「その内小説もうまくなる」


〈バッテリー残量、四十%〉

 H.O.L.M.E.S.が伝えてくる。

〈最初の想定より二時間早いです〉


「もう少しだ!」

 飯田さんが叫ぶ。

「無理はするな! 確実に削れ!」


 すずめさんに、明らかに疲労の色が見えた。

 動きが鈍る。手数に対応できなくなってきているらしい。

 やってることは本当に数の暴力だ。

 ナイフに盾、もしくは素手で銃器を持ったアーマー装備の相手に立ち向かうことを考えてほしい。できることはものすごく限られる。

 常時回復、修復しながらとにかく叩き続ける。それしかない。


「このまま行け……行ってくれ……」

 飯田さんの切実な声。

 しかし、彼がそう言っているということは。


 しばらくした、後。

 すずめさんの動きが止まった。

「やったか……?」

 僕も手を止める。

 しかし、飯田さんがおどける。


「おっ、脱ぐぞ脱ぐぞ……」

 セリフだけ切り取れば、ただのいやらしいおっさん。

 でも、表情は、固かった。


 次の瞬間。

 すずめさんが、消えた。

「オペレーション」

 そんな声が、遥か頭上から僅かに聞こえた気が、した。


 本当に、刹那という表現が正しい。


 まず、ヒサ姉が吹っ飛んだ。動きが一番鈍重だったからだ。

 金属の擦れる、音。

 多分、何かを出したり入れたりしてる。


 一瞬、すずめさんと思しき何かが、空中で静止する。

 僕の視覚認識ソフトでも、それは確認できた。


 まるで、シンクロナイズドスイミングのように。

 空中で優雅に、両手を広げ、脚を逸らせ。

 背中で緩やかなアーチを描いている、すずめさん。


 その背中には、収納されたり、展開されたりする翼。


 飯田さんが叫んだ。


「ウィングフォームだ! 引け!」

 いつの間にかヒサ姉を支えている飯田さん。

「H.O.L.M.E.S.! すず姉のバッテリー残量は?」

〈三十%。残量を全て投入する様子です〉

「物書きボーイ! シェルターだ! 特大の!」

「そういう時は『特大の』を先に言ってください!」


 大慌てで筆記する。

 何とか、作る。ドーム型のシェルター。それも特大の。

「避難しろ! 急げ!」

 飯田さんの号令で、全員が僕の作ったシェルターに入る。


 しかし、すずめさんは待ってはくれなかった。


 シェルターの天井が、剥がれる。

 文字通り「剥がれた」のだ。根こそぎ持っていかれた。

 あるのは……何もなかった。矛盾する表現だが、壁も、天井も、全て持っていかれた後に残っていたのは、床だけだった。床は「カクヨム」フィールドのままだ。


「しゅうふ……」

 おそらく「修復しろ」と言いたかったのだろう。

 しかし飯田さんは消えた。

 後に残っていたのは、おそらく彼のものと思われる、下半身。

 少し遅れて、遠くで鈍い音。

 飯田さんの上半身が落ちていた。


「飯田さんはこっちに任せろ!」

 混乱する僕に諏訪井さんが叫ぶ。

「お前はシェルターだ! とにかくシェルターを!」


 言われた通り、とにかく、書いた。

 シェルターを。修復表現を。

 だが、間に合わない。

 作ったそばから破壊される。

 何度も破壊されて分かったことがひとつ。


 すずめさんは剣でシェルターを破壊している。

 銃じゃない。つまり弾切れがない。

 すずめさんのスーツのバッテリーが切れるか、僕の筆が止まるか。

 状況は明らかに、すずめさんに有利だった。


 書いても書いても瓦礫の山。

 とりあえずるかさんは『エディター』が保護しているが、他のアカウントは疲弊していた。


「あー。死ぬってのはよくないねー」

 飯田さん。諏訪井さんに何とかこっちまで引きずってきてもらったのだ。直後に、蘇生。何ともない飯田さんが立ち上がる。


「こうなりゃ、仕方ない。奥の手だ」

 連続する襲撃に耐えながら、飯田さんがつぶやく。

「物書きボーイ。拡声器作れ」

「拡声器?」

「声大きくするやつ」

「ああ、ハイ」

 そんな僕が、慌てて書いたもの。

「これメガホンじゃねーか」

 飯田さんがぽすんと僕の頭を叩く。

「拡声器の中身なんて知りませんし……」

「想像しろって」呆れたような飯田さん。

「まぁ、これでもないよりはいい」


「奥の手って?」

 僕の問いに、飯田さんが笑う。

「まぁ、見てろよ」

 

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