『Paradise』とチェックメイト
「よっしゃ。今の内にコアをぶっ壊そう!」
諏訪井さんが喜ぶ。亜未田さんがそれをいさめる。
「本当に動けなくなっているな?」
しばし、観察。
動かない。ぴくりともしない。
「よし。破壊だ」
亜未田さんのその言葉で四人がかりで凍った『エディター』を引きずり下ろす。まずはヒサ姉。
「ほいさ」
パワードスーツの怪力で大岩を破壊。砕けた岩の上に凍り付いている『エディター』を全員で殴る。
「そういや、亜未田さん」
諏訪井さんが作業がてら訊く。
「どうやってこいつのコアの場所が分かったんすか?」
「あいつが変形する時、起点があった。それを観察していた」
わけもない様子で亜未田さんがつぶやく。
「例えば腕を針状にする時。肩の辺りから変化した。おそらく、肩にコアが一つ。スライム状に変化した時は心臓の辺りから変化した。胸の辺りにコアが一つ」
と、亜未田さんが破壊した『エディター』の肩の辺りのパーツを……要は、引きちぎられた腕の断面を……見せてくる。
確かにあった。青紫色の水晶玉みたいなものが。
「ほら見ろ。コアが……」
と、言いかけた時だった。水晶玉が突然、尖った。鋭利に。瞬間的に。
亜未田さんが驚きの声を上げる。咄嗟に避けたようだが、頬の辺りをかすめたらしい。片頬を押さえてよろよろと下がる。
「あぶねぇ……実にあぶねぇ……」
そんな声が、亜未田さんが取り落とした水晶玉から聞こえてきた。
僕たち全員は驚いて数歩下がった。その瞬間、バラバラに打ち砕いた『エディター』の体の各部から、青紫色の水晶玉がいくつも飛び出してきた。
「俺の体には……コアが全部で八十七個ある。そこのナイフ野郎に壊された二個を除いても八十五個」
声が響く。『エディター』のだ。
「俺は、最悪コアだけあれば、形は作れる」
飛び出してきたコアが、斜面の上にみるみる集まっていった。
それはさっき、ショットガンの弾になった雫が集まっていった時のように。
複数の水晶玉が集まって、一つの人体に……人型に……変わった。
相変わらずの美青年ぶりだった。
身長はさっきより低くなった。だが、それでも亜未田さんと同じくらいだ。成人男性分くらいはある。と、いうことは凍っている部分は……と、足元を見る。バラバラになった、粉々になった元、液体。総合しても『エディター』の三十%くらいにしかならないんじゃないだろうか。
「そいつは危険だ。非常に危険だ」
『エディター』が僕を示す。
「何やってんのか知らねぇが、さっきも岩を消したりと、結構チートな能力が使えるっぽいなぁ?」
よろけた亜未田さんに代わり、ヒサ姉と諏訪井さんが身構える。しかし『エディター』は隙を与えない。
「さっき言ったよなぁ? お前ら作家にできることは俺もできるんだって! 俺たち『リベレーター』もお前らみたいなことができるんだって!」
入力動作。しかし、こちらの対応が間に合わない。
「わりぃがちっと卑怯な戦略をとらせてもらうぞ……精神的にくるやつだぁ!」
『エディター』が叫ぶ。隣には……穴。人が一人通れそうな。ワープホールだ。
「えっ、ちょっ、きゃっ」
悲鳴。それも、女の子の。
穴が閉じる。次の瞬間、『エディター』の腕の中にあったもの。
それは、香澄るかさんだった。
「どうして?」ヒサ姉。
「何が起こった?」諏訪井さん。大混乱だ。
しかし、状況を見るに。
どうやら『エディター』はワープ用の穴を作ることで僕たちの基地と現在地点とを結び、その穴から僕たちの仲間を……香澄るかさんを……連れてきたようだ。
「人質……」ヒサ姉がつぶやく。
諏訪井さんが続く。
「こっちの拠点がバレてるのか?」
「あー、もしかして」ヒサ姉。
「この地点に来るまでの間に、何度もワープで『公開』ボタン押したから、断続的に辿れば分かったのかも」
「凍ってる間に探知してやがったのか!」
諏訪井さんが叫ぶ。しかしもう、遅い。
香澄るかさん。
僕たち「ノラ」ギルドの中で一番戦闘力が低い、女の子。
花冠を被った小さな女の子が、『エディター』の腕の中で、震えていた。『エディター』はその気になればいつでも……赤子の手でも捻るように簡単に……るかさんを、殺せる。
「やばいんじゃね……?」
諏訪井さん。亜未田さんも慌てた様子で駆け寄ってくる……が。
「下手に接近できん……」
るかさんが盾にとられているこの状態。
接近戦はすなわち、るかさんを巻き込むことになる。
この場にいるのは全員、近接戦闘系。僕は銃器のようなピンポイント攻撃の武器を作れない。
チェックメイト――。
そんな声が、聞こえた気がした、時だった。
「……あの、怖いんですけど……」
るかさんが、おそるおそるといった様子で『エディター』の方を見た。
「腕、離してくれませんか?」
「あ、ごめん」
素直に応じる『エディター』。すっと、香澄るかさんに巻き付けていたを腕を離す。
しばし。沈黙。
誰も何も言わない。
僕たち全員、何が起きたのか分からなかった。
え? 今人質にとっただろ? 何で離した? これも何かの戦略?
様々な疑問が頭を駆け巡る。多分それは、ヒサ姉や諏訪井さんや亜未田さんも同じだったのだろう。
しばし、誰も何も言わずに、『エディター』とるかさんを見る。
風が吹く。さっき吹雪を吹かせたからだろう。ちょっと冷たい。
「るか。寒いだろ」
『エディター』がそっと腕を差し伸べる。
「大丈夫か」
「……うん」頷く、るかさん。
何だ。何だこれ。
まるで、恋人みたいな……?
「あー、分かったぁ」
ヒサ姉が、にやにやした顔を浮かべる。
「『Paradise』だ」
「ぱらだいす?」
僕は訊き返す。が、その言葉で諏訪井さんも亜未田さんも納得がいったみたいだった。
「な、なるほど……」
「あの小説にはこんな能力が……」
「あの、『Paradise』って何ですか?」
僕が訊くと、ヒサ姉が答える。
「るかちゃんの小説だよ!」
「るかさんの……? それってどんな……?」
ふふふ、とヒサ姉は笑う。
「逆ハーもの!」
「逆ハー?」
「逆ハーレムの略」諏訪井さんがつぶやく。
「これってあれだよな? 少なくともるかさんには危害を加えない……?」
すると『エディター』が口を開いた。
「俺には、るかを傷つけるなんてことはできない」
「あ、ありがと……」
ついでに、と、るかさんは口を開く。
「私の仲間たちにも、危害は加えないで……?」
沈黙。
だが、分かる。
『エディター』は今、ときめいている。
「……分かった」
『エディター』が頷く。
「……今まで、悪かった」
丁寧に、僕たちに向かってお辞儀。直角九十度。ビシッ、って感じ。
ここにきてようやく僕も、状況を理解してきた。
「るかさんの能力、要するに『イケメンにモテる』……?」
「そう」ヒサ姉。
「で、あの『エディター』、見た目は美青年。中身はあれだけど、まぁ、るかちゃんは今の今で初対面だし、中身までは判定できない」
「チャーム系の能力だった、ってことだ」亜未田さんがつぶやく。
「るかちゃん、戦えるじゃん!」
諏訪井さんが『エディター』とるかさんの方に近づく。
「『Paradise』、いっぱいイケメンが出てくるもんなぁ!」
「そのイケメンたちに大切にされる話だしね」ヒサ姉。
「まぁ、例え相手が『エディター』でも、それは適用される、か」
「な、何だか分かりませんけどお役に立てたようで……」
るかさんが嬉しそうな顔をする。そんなるかさんに『エディター』が向き直る。
「ちょっと借りるぞ」
と、いきなりるかさんの肩を枕にでもするかのように頭を垂れた。
何だこれ。青春かよ。イケメンが女の子の肩借りて寝るってどんな絵だよ。
まぁ、とにかく。
『寄生種放出系エディター』、攻略。
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