創作活動の限界
「銃とか作ってよ」ヒサ姉。
「弾幕を防ぐ盾もな。アクリル板とかの」諏訪井さん。
「いっそ大砲とかでもいいぞ」亜未田さん。
「た、盾は作れます。まちゃかりさんに作ったから。でも銃は……」
「駄目なの?」ヒサ姉。
「構造を知りませんし、実際に撃ったこともありませんし……」
「そんなこと言ったらミステリー作家の飯田さんは大量殺人鬼だぞ」
想像しろよ。創造だろ? どっちの「そうぞう」なのか分からないこと亜未田さんは口にする。
でも試しに。
書いてみる。
〈黒光りするボディ。手にした感触はずっしり重い。弾薬は十発くらいだろうか。スライドを動かすとシャキン、という音がした〉
テキストファイル。展開してみる。
銃が、出てきた。
「ハンドガンじゃ意味ないと思うけど」ヒサ姉。「試しにその辺に撃ってみてよ。動作確認」
「はい」
シャキン。スライドを動かしてから、僕は近くの地面に向けて引き金を引く。
だが。
「弾出ねーじゃねぇか」諏訪井さん。がっかりした様子。
「弾出てくるところ描写しなかったからじゃない?」ヒサ姉。
「そんな場面書いたらテキストファイル展開した瞬間に弾丸飛んでこないか?」亜未田さん。確かにその心配は、ある。
そうこうしている間にも、雫の弾幕は止むことがない。
このまま何もできなかったら。
おそらく『エディター』は回復して、何らか別の攻撃手段を取ってくるだろう。
そうなっては万事休すだ。
「あー、分かった!」諏訪井さん。
「要は、相手は液体だ」
うん。全員が頷く。
「そこにアプローチしよう。……例えば、凍らせるなんてのはどうっすかね?」
「……いいアイディアだが、どうやって?」
「『雪が降る』場面を描写させるんすよ」諏訪井さんが僕を示す。「こいつ、天候操作くらいできそうな感じありません?」
「ある」亜未田さん。「やってみてくれ!」
「はい!」
僕は必死に、『雪が降る』場面を想像する。
さっきの銃と違って。
こっちは経験があるから、想像できた。
創作活動の限界。それはどうしても、自分の経験を超えられない、ということだろう。
中には、飯田さんのような、禁忌を想像という翼で乗り越える人もいるが。
多くの人にとって、創作は自分の中にある情報の並べ替えだ。
僕は一生懸命考える。雪が降る場面を綴った。
〈鉛色の空。今にも落ちてきそうだ――〉
「ついでだ! 吹雪にしちまえ!」諏訪井さんが叫ぶ。僕は頷く。
「はい!」
〈――ごうごうと風が唸っていた。横殴りに白い塊が……文字通り、一塊になった雪の粒が……ぶつかってくる。息が凍る。汗が凍る。体が徐々に動かなくなっていった。冷たい風。凍える風。ぶつかってくる雪粒。吹雪という暴力にぶん殴られていた。足元にみるみる雪が積もっていく。このままじゃ……埋もれる〉
「できました!」
僕はテキストファイルを手にする。亜未田さんが応じる。
「展開しろ!」
「はい!」
直後。
天候が一気に変わった。僕が想像した通りの猛吹雪が吹き荒れた。弾幕の音が遠くなり、風の轟音に包まれる。
「……ち、ちょと、やりふぎじゃにゃ……」ヒサ姉。歯の根が合っていない。
「しゃ、しゃむしゅぎ……」
「暖をとれ」亜未田さん。さっき自分の腹に突き立てていた赤い日本刀をかざす。
「まさか宝玉アカネも自分の愛刀がカイロの代わりに使われるとは思ってもみなかっただろうな」
「あったかぁ」諏訪井さん。「おい、ついでだ。風よけも作れ」僕を顎で使ってくる。
「風よけって、どんな……」
「田舎のバス停みたいなやつ」
一生懸命考える。田舎のバス停、田舎のバス停。
〈横五メートルくらい。高さ二メートル半。奥行きは……横幅と変わらないくらいだろうか――〉
「ついでだ」諏訪井さん。さっきからこの人はよく「ついで」を思いつくな。
「入る手間が面倒くさい。中にいる設定にしろ」
「はい」
僕は続きを書く。
〈――僕とヒサ姉と諏訪井さんと亜未田さんはその箱状の建物の中にいた。目の前にはベンチ。ヒサ姉が座っている。亜未田さんは立ち尽くして外の様子を窺っている。諏訪井さんは、ぼんやりと、僕のいる方を見ている〉
「いいぞ」諏訪井さんが叫ぶ。「そろそろ寒さの限界だ! 展開!」
「はい!」
と、その瞬間。
風の音が少し遠くなった。僕たちは……僕が思い描いた通りの箱の中に、入っていた。ヒサ姉はベンチに座って。亜未田さんは外の様子を窺って。諏訪井さんはぼんやりと、僕の方を見つめていて。
「そろそろ凍ったか?」
しばらくして、諏訪井さん。
そう言えば、弾幕が聞こえない……風の音のせい、というのはあるかもしれないが。
「試しに吹雪、止めてみろ」
「はい」
〈吹雪が止んだ〉
そう記し、テキストファイルを展開する。
途端に、吹雪が止む。雪は相変わらず降っていたし、空も鉛色だったが、しかし吹雪ではなくなった。
じっと、外の様子を窺う。
弾幕は聞こえない。
「笛吹、出てみろ」亜未田さん。
「えー、何で私?」
「アーマー着てるだろ。頭だけ隠して様子見に行ってみろ」
「女の子に働かせちゃいけないんだ」
「レディファーストだ。正しい意味でな」
ぶつくさ言いながらヒサ姉が田舎のバス停を出て、さらに岩陰から身を乗り出し向こう側の様子を見る。
サイン。どうやら大丈夫らしい。
「凍ってる!」ヒサ姉が叫んでいた。
「ガッチガチだよ! 見て!」
ふらふらと、物陰から出る。
大きな尖った岩の上。
完全に凍り付いた『エディター』が彫刻のようなポーズで、そこにいた。
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