眠れる美女の寝言⑩
花音の言い分や気持ちは分かった。 大切な人を失うのは非常に辛いことで、それは音夢が過眠症になった原因の可能性もある程のこと。 だから上手く返す言葉が見つからない。
―――・・・確かにそれなら同情はする。
―――だけど憂一にとって、音夢を守れたのはよかったことなんだ。
―――俺は憂一の死を無駄にはしたくない。
それでも花音が正しいかと聞かれたら、素直に頷くことはできなかった。
「・・・じゃあ、音夢が悪い女だっていう話は嘘だったんだな?」
「・・・」
「元々花音と憂一は付き合っていない。 だから音夢に奪われるはずがない」
花音は不満そうにコクリと頷く。
「そう。 憂一が選んだのは私ではなく音夢だった。 ただそれだけ」
「憂一が音夢と付き合っても、ずっと憂一のことが好きだったのか?」
「そうだよ」
躊躇わないその返事に正直ショックを受けている自分がいた。 期間的なことを考えれば、貴章と付き合っている間も憂一のことを好きだったということになるのだから。
「ならどうして俺と付き合ったんだよ?」
そう問うと気まずそうに視線をそらし、大袈裟に溜め息をついて吐き捨てるように言った。
「・・・腹いせに付き合っただけだよ」
「はぁ?」
花音はもう後先構わずといった様子で、何かが音を立てて崩れていく気がした。
「音夢が憂一とラブラブしていてムカついたから! だから誰でもいいから男と付き合いたかったの!!」
結局、全てが音夢に対する当て付けだったのだ。
―――何だよ、その理由。
―――・・・一気に冷めた。
―――花音からのアプローチ期間が短かったのにもかかわらず、告白をOKした俺が悪いのか?
―――花音を顔だけで選んだわけではないというのに。
―――純粋に花音の笑顔と性格を好きになったから、OKしただけなのに・・・。
あまり聞きたくはないが続けて尋ねてみた。
「・・・じゃあ、今俺と音夢を引き裂こうとした本当の理由は?」
花音は躊躇わおうともせずに言う。
「憂一が亡くなったのにもかかわらず、音夢は貴章と楽しそうにしているからだよ。 それがいけないの」
「その仕返しに?」
「そう。 だから音夢の彼氏の貴章を奪い返そうと思った」
真実を聞くと呆れるしかなかった。
―――今まで俺が悩んでいた時間は何だと言うんだ?
―――よりを戻す気はなかったけど、花音とは本気で向き合おうとはしていたんだ。
―――憂一からDVを受けていると聞いて、本気で心配した。
「そんなことをしたら、本当の悪女は花音になるぞ」
「・・・それでもいい。 というか、それくらいしか私にはできない」
切なそうに俯く花音に一瞬でも心が揺らぎかけた自分を恥じていた。 もう溜め息すら出ない。
―――ごめん、音夢。
―――少しでも疑って、別れようと思ったりして。
―――憂一を失って辛い思いをしたのにもかかわらず、俺を選んでくれたんだよな。
―――もう一度恋をしようと思ってくれて凄く嬉しいよ。
―――だからこれからはより大切にする。
―――音夢のことはずっと信じるから。
「・・・早く目覚めてくれないかな、音夢」
自然と口からその言葉が出ていた。 それを聞き花音はチラリと貴章を見る。
「・・・貴章は私よりも音夢の味方なんだ?」
「当たり前だろ。 嘘つきの元カノと大切な今カノ、比べる土俵にすら立っていない」
そう言うと花音は激昂した。
「私が全て悪いっていうの!? 私が憂一のことが好きだと知っているのにもかかわらず、憂一と付き合った音夢は!? 何も悪くないの!?」
「それは知らない。 音夢が憂一を選んだというより、憂一が音夢を選んだということだろ。 その現場に居合わせていたわけではないんだから、俺には分からないよ」
落ち着いた口調で花音は尋ねた。
「貴章は何も知らないんだよ・・・。 だって、私は・・・。 ねぇ、貴章は今、私のことをどう思っているの?」
「・・・最低だよ。 俺は本気で花音のことが好きだったのに」
ズバッとそう答えた。 花音の気持ちは分かるが、自分の身にもなってほしかった。 全ては花音の都合で振り回されていただけの話。 もうこれ以上話すこともないと貴章は黙って立ち去ろうとした。
―――今度こそ完全な終わり。
―――もう、関わることもないだろう。
だがその瞬間、花音に手首を掴まれていた。
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