眠れる美女の寝言⑨
「貴章? おーい、大丈夫か?」
「・・・あ、悪い」
考えていると友人の声で現実に引き戻された。 いつの間にかかなり近くまで寄ってきていて、顔を覗き込まれていた。
「本当に大丈夫か? 顔色が悪いけど」
「あぁ」
「もしかして、憂一絡みで何かあるのか?」
「あー、いや、大丈夫だ! ありがとな!」
「え?」
相談したい気もしたが、墓参りという用事があるのにこれ以上引き止めるわけにはいかなかった。 それよりも、直接聞いた方が早い。 キョトンとする友人を置いて踵を返す。
有力な情報をくれて心底感謝していた。
「悪い、俺行くところができたからもう行かないと!」
「お? おう・・・。 よく分からないけど、頑張れよー!」
応援してくれる友人と別れ来た道を戻った。
―――花音に真相を確かめないとな。
花音に電話を繋ぐ。 すると待っていたかのようにすぐに電話に出た。
『貴章? どうしたの?』
「あぁ、俺だ! 話がある、さっきの場所へ来てくれ」
『・・・分かった』
花音は弾むような声で返事をしている。
―――告白の返事を期待しているだろうけど、違うんだ。
―――・・・悪いな。
先程の場所まで戻ると花音がいた。 もしかしたら近くで待っていたのかもしれない。 笑顔をこちらへ向け、やたらとそわそわしている感じだ。
「何? 話って。 もしかしてもう告白の返事を聞かせてくれるの? 早いね」
「違う。 そのことじゃない」
否定すると花音の表情がスッと消えた。
「・・・じゃあ何?」
怪しむような表情を向けてくる花音にズバッと言った。
「憂一っていう奴は、三年前に亡くなっているんだろ?」
「・・・」
「どうしてそんな嘘を俺についた?」
花音はしばらく黙り込んだ。 そして観念したかのように静かに語り出す。
「・・・私が憂一のことが好きだったのは本当だよ。 だけど音夢に先を越されたの」
「先を越された?」
どうやら嘘をついていたのは確かなようだ。
「そう。 私が憂一のことが好きって知っているのにもかかわらず、音夢と憂一は付き合った」
「ッ・・・」
花音はケタケタと笑いながら言った。
「ね、おかしいでしょ? 親友だったのに。 もうそこで私たちの親友の関係は終わったのよ?」
顔は笑っているのに明らかに目が笑っていない。 そして、本当に二人の関係は終わっているのだと悟った。
「憂一と花音は元々付き合っていなかったのか?」
「そう、さっき話したことは嘘。 憂一とは一度も付き合ったことがない」
―――・・・もう隠す気はないんだな。
結局、大事な部分は全て嘘だったのだ。 彼氏のDVで困っているということも、自分を好きでよりを戻したいということも。
「・・・どうして憂一は亡くなったのか、聞いてもいいか?」
花音に対して遠慮はいらないと思った。 音夢が目覚めて聞けば、負担を強いてしまうだろう。
「音夢を守るために憂一は犠牲になって亡くなったのよ」
「犠牲?」
「そう。 花を買っている最中に」
「花・・・」
その単語を聞き音夢の寝言のことを思い出していた。 続けて花音は話す。
「憂一と音夢が花屋にいる時に、車が突然突っ込んできたらしいの。 庇おうとして音夢を突き飛ばした代わりに、憂一は亡くなった」
―――事故だったのか・・・。
嘘は言っていないように思えた。 だがそのようなことがあったのなら音夢にも話してほしかったとも思った。 いや、だからこそ話せなかったのかもしれない。
元カレが原因で眠り姫症候群になっただなんて、過去に囚われている証拠なのだから。
「それを花音は見ていたのか?」
「ううん。 これは全て聞いた情報。 私は実際見ていない」
「・・・」
そう言われると信じられない気持ちが沸く。 先程嘘をつかれたこともありすぐには信じることができなかった。
―――でもこれだけ繋がっていれば“花”と“憂一”の単語が音夢の寝言から出てきても、おかしくはないんだよな・・・。
怪しんでいる貴章の様子を花音は見抜いたようだ。
「もし私の言ったことが信用できないなら、大学の友達に聞いてもいいよ? 私と同じ高校だった人たちは、みんな知っているから」
そこまで言われると本当なのかと思ってしまう。 実際に亡くなっていることは事実なのだ。
「音夢にこの話をした時、何も訂正しなかったから。 だから本当なんだと思うよ」
「・・・そうか」
「こんなの私が許せるはずがないでしょ? 貴章も私の気持ちを分かってくれるよね?」
「俺は・・・」
「これは私の推測なんだけど。 音夢は憂一を失ってから、ろくに睡眠をとらなかったらしいの」
「・・・本当か?」
その言葉に顔を上げた。
「本当。 だから今のような過眠症になってしまったんだよ」
「音夢が過眠症になったのは割と最近?」
「三年前くらいかな」
「確かに、それなら事実関係が繋がる・・・」
花音は顔をそらして言った。
「音夢じゃなくて本当に泣きたいのは、私の方だっていうのに」
「・・・」
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