眠れる美女の寝言⑧
「・・・ねぇ。 音夢のことが好きでも、私のことが好きな気持ちもまだあるでしょ?」
「・・・」
元カノである花音と、貴章は本当は別れたくなかったのだ。 ただ訳も分からず振られ、そしてもう終わったとばかり思っていた。
「貴章の気持ちを聞かせてほしいな」
この小悪魔的に見上げてくる花音のことが好きだった。 いや、今でも心が揺らいでしまうのを感じている。
―――そんなこと、言わなくても既に決まっている。
―――・・・でも今は一人になって考えたい。
―――ここで断るとまた色々言われるだろうし・・・。
だがやはり今の貴章にとって優先すべきは音夢だ。 目覚めた後、どうするのかを決めかねてはいるが今は有り得ない話だった。
「・・・悪い。 少し考えさせてくれないか?」
そう言うと花音は納得のいかない顔をしたが渋々頷いた。
「・・・分かった。 待ってる」
花音と別れ再び音夢の家へと向かった。 だが先程花を買って音夢の家に戻る時よりも、明らかに足取りが重い。
音夢が寝ているからまだそれが幸いで、今の心境のまま音夢が目覚めれば上手く笑える自信がなかった。
―――そんなに都合がいいことは起きないと思うけど、もし音夢が目覚めていたらどうしよう。
―――喜ぶべきことだけど、今の俺の状態だと・・・。
そう思うと不安になり、ついには足が止まってしまう。
―――流石に、荷物を全て置きっぱなしというのはな。
―――迷惑はかけられないし、せめて取りには戻らないと。
行くのを躊躇いかけたがそう理由をつけ音夢の家へと戻る決意をした。 タイミングよく音夢が目覚めるわけがないとも思っていた。
―――今から考えるのは仮の話だ。
―――もし別れると決めたらどうする?
―――音夢のお母さんには何て言おうか。
―――あんなに親切に優しくしてもらっていたんだ、簡単に関係は壊せない。
―――それに正直、花音とよりを戻す気はない。
―――とりあえず今は一人になりたかったから、ああ返事をしたけど・・・。
―――後でちゃんと断らないとな。
色々と考えていると近くから声がかかった。
「お、貴章じゃん」
「ん?」
見ると偶然大学で仲のいい友人と出会った。 先程の友人グループとは別の友人だ。
「おぉ、奇遇だな」
乗り気ではないが無理に笑顔を作り挨拶をした。 ただその時にある一点に目が留まる。 先程の貴章と同じように花束を持っていたのだ。
―――・・・花?
結局音夢の寝言の理由は分からず仕舞いだ。 花が単純にほしかった可能性はあるが、憂一という寝言も聞いた今、何となく違うような気がしている。
「何だよ、その花束。 もしかして今から誰かに告白でもするのか?」
その言葉に彼は小さく笑って首を振った。
「いやいや、違うって! 菊の花を持って告りに行く奴がどこにいるんだよ。 今から墓参りに行くんだ」
「墓参りか・・・」
特に冗談というわけでもなく、菊の花がどんなものなのか貴章はあまりよく分かっていなかったのだ。 確かに去年の彼岸には菊の花を持って墓参りをしたような気がする。
墓参りからしてみれば真逆のことを言ってしまい少々申し訳なく思った。
「そんな顔すんなって、大丈夫だから。 同じ高校で仲がよかったんだよ」
「へぇ・・・」
「“憂一”っていう奴でさ。 いつも場を盛り上げてくれて」
「・・・は?」
今日何度も聞いた名前が、全く関係のない友人から飛び出したのを聞き耳を疑った。
「ん? どうかしたか?」
「え、その憂一ってさ、もしかして・・・」
「憂一と知り合いか? つか、貴章と憂一って知り合っていたっけ?」
「いや、俺とは知り合いじゃないけど」
「だよな。 貴章は俺たちと高校が違ぇもん」
「でも音夢や花音とは知り合いだったりする?」
畳みかけるように問うと彼は思い出すように言った。
「・・・あー、そうだな。 確かに仲はよかったと思う。 二人は俺と同じ高校だし」
その言葉で花音の言ったことが本当だったのかもしれないと思ったが、すぐに頭を振った。 どう考えてもおかしいのだ。 憂一は今の花音の彼氏でDVの被害を訴えてきていたのだから。
―――一体どういうことなんだ・・・?
だが友人が嘘を言っているとはとても思えない。 そもそも菊の花持参でそんな嘘をつく意味がない。
「一つ、聞いてもいいか?」
「何だ?」
「その憂一っていう彼は、いつ亡くなったんだ?」
「三年前だよ」
「・・・」
―――三年前。
―――もし今の話が本当なら、色々と矛盾が出てくるよな。
―――花音は嘘をついている?
―――憂一は今この世にいないんだ。
―――だから花音と憂一は付き合っていない。
―――万が一、花音が憂一が亡くなったことを知らなかったとしてもそれはおかしい。
―――さっき花音は彼氏である憂一にDVをされていたって、俺に連絡をしてきたんだから。
―――流石に菊の花を用意してまで、仕込みはしていないだろうし・・・。
さり気なく彼のことを見た。 彼は首を傾げるだけで怪しいところはない。
―――じゃあ一体、花音の話はどこからが嘘なんだ?
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