眠れる美女の寝言⑦




「・・・どうして?」

「どうしても何も、当たり前だろ。 俺は音夢との時間の方が大切なんだから」


ムッとした表情で花音は言う。


「でも逆に、彼女がいないところで二人で話していたら疑われるよ?」

「じゃあ花音と話すのを止めるよ。 今カノか元カノならどっちを選ぶかなんて、分かり切ったことだろ?」


そう言うと花音はつまらなさそうに視線をそらした。


「喋れる私より喋れない音夢を選ぶんだ。 音夢は悪い女なのに・・・」


不快な陰口に当然貴章は黙ってはいられない。 折角困っているのなら助けようと思ってきたのに台無しだ。


「は? いや、根拠もなしに人の恋人を悪く言うのは止めろよ」

「根拠はちゃんとあるもん。 だから言ったんだよ?」

「じゃあ音夢が悪い女だっていう証拠は?」

「私と憂一は元々付き合っていたから」


売り言葉に買い言葉のようなもので、どうせ口で言っているだけ、それくらいの気持ちで聞いただけだった。 だが花音の口から飛び出したのは、またもや貴章の頭を疑問符で埋める言葉。

憂一とは今現在も付き合っているのではないのか。 元々付き合っていたのは音夢だったのではないのか。 正直意味が分からなかった。


「・・・どういうことだ?」

「音夢は憂一と付き合っていたって、貴章は知っているの?」


それは先程音夢の母親から直接聞いたことだ。


「・・・あぁ、知ってる。 さっき聞いた」

「そっか。 でも私は、音夢が憂一と付き合う前から憂一と付き合っていたの」

「だからそれはどういう意味だよ?」

「元々憂一は私のものだったのに、音夢に奪われたんだよ」

「ッ・・・」


その言葉に耳を疑った。


「・・・それは本当か?」

「うん。 音夢は人の恋人を奪う最悪な女なの」

「そんなこと、俺が信じるわけ・・・」

「ねぇ、どうして私が貴章を振ったのか分かる? 飽きたというのは嘘の理由だよ」

「・・・」


貴章に考える隙を与えないよう次々を話を展開する。


「貴章を振ることになったのは、音夢が私から貴章を奪おうとしたから。 私はそれに耐えられなかったから、そうなる前に貴章のことを振ったの、 私はまだ貴章のことが大好きだったのに」


音夢がそのようなことをするとはとても思えなかった。 しかし音夢は今眠っていて聞くことはできない。


「・・・その話は全て本当か?」

「本当だよ」

「でも音夢のこと、よく知らないだろ? そんな上辺だけの関係で悪い女って決め付けるのは」

「音夢のことはよく知ってる」


その言葉を聞いて時間が止まったような気がした。


「・・・どうして?」

「音夢と私は元々親友だったから」

「マジで?」


二人に接点があったなんて、初めて聞いたことだった。 音夢と付き合ってから二人が交流しているところを見たことは一度もない。


「うん。 大学の友達に聞いたら分かると思うよ?」

「・・・」

「でも私の憂一を奪った時点で、親友の関係は終わったけどね」


花音は呆れるようにそう言った。


「これで分かった? 音夢は親友と付き合った男をほしがる、悪女だということ」


何も言えずに視線をそらす。


―――花音の言っていることは本当か?

―――信じてもいいのか?

―――本当に今付き合っている音夢は悪い女?

―――俺は・・・。


考えていると花音が貴章の袖を引っ張った。


「ねぇ、貴章。 私たちよりを戻そうよ?」

「・・・どうしてそれを今になって言うんだよ。 音夢が悪い女だと教えてくれるなら、俺たちが付き合う前か直後に言えよ」


音夢と長い期間付き合って今更言うなんて遅いと思った。 音夢が寝ている間にそうするのは不誠実過ぎる。


「それだと音夢が『花音が言っていることは嘘だよ』って否定しちゃうじゃん」

「そうかもしれないけど・・・」

「今一週間も目覚めていないんでしょ? だから二人を引き裂くのは今だと思ったの。 だから教えた」

「・・・」


そう言われると納得してしまう自分がいた。 花音は優しい口調で言う。


「私は貴章のことが心配だから声をかけたんだよ? ねぇ、どうする?」


―――・・・どうしよう。

―――音夢の本性を知った状態で、俺は音夢とこのまま付き合えるのか?


チラリと見ると花音は期待するような目でこちらを見ていた。


―――でもまだ、花音の発言が本当だという証拠はない。

―――だから決め付けるのは早いはずだ。


「貴章?」


花音が心配そうに名前を呟く。


―――でももし、音夢が目覚めたらどうしよう。

―――俺は普段通りに接することができるのか?

―――これから音夢に、どうやって接していけばいいのか分からない・・・。


いつしか貴章は音夢に目覚めないでほしいと思うようになっていた。



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