眠れる美女の寝言⑥
つい先程会ったばかりであるため、現在どういった状態なのか想像もつかなかった。 別れた後、おそらくは友人たちと合流したはずだというのに。
―――はぁ!?
―――いや、急過ぎるだろ!
―――そんな、突然助けてと言われても・・・。
貴章はメールをもう一度確認し、未だ寝ている音夢にも視線を向ける。 腑に落ちない点は多いが、助けを求められて無視する気にもなれなかった。
―――花音の彼氏は憂一だろ?
―――そして、音夢の元カレも憂一だった。
―――俺が噂で聞いている感じ暴力を振るうようなイメージはないのに。
―――音夢のことも心配だし、一体どうしたら・・・。
助けに行こうかと迷っていると再び花音からメッセージが届いた。
『お願い貴章! 貴章にしか頼めないの!』
その文を見て顔をしかめる。
―――・・・そう言われても、元カノである花音と二人でいるところをあまり人に見られたくない。
―――音夢が眠っていて今は大丈夫でも、大学の奴に見られて噂を流されたらたまったもんじゃないからな・・・。
『貴章、お願い・・・』
花音からのメッセージは鳴り止まない。 貴章に助けを求めるメッセージが何通も届いた。
「ッ・・・! あぁ、もう!」
結局放っておくことができず花音のもとへ行くと決意した。 これで何かあれば後悔することは間違いない。
「音夢、ごめん」
そう言って携帯を握り締め一階へ下りる。 そのままリビングへと顔を出した。
「お母さん、ごめんなさい! もう一度外へ出ます!」
「急用? 大丈夫なの?」
「はい。 ・・・絶対に戻ってきますから」
そう言うと母は静かに頷いた。
「・・・うん。 無理はしないでね」
優しい母に見送られながら外へと出た。 歩きながらの携帯はいけないことだが今は緊急事態。 周りに注意しながら花音にメッセージを送る。
『今はどこにいる?』
『貴章は今どこ?』
待っていたかのようにすぐに返事がきた。
―――どうして俺の居場所を聞くんだ?
そう思いながらも今いる場所を教えた。 だが既読と表示されるだけでそれからの返信がない。
―――・・・え、俺はこのままどうしたらいいんだよ?
貴章は花音のもとへ向かいたいが、どこへ向かったらいいのか分からず立ち止まってしまう。 花音の家は変わっていなければ分かるが、家にいるのならメッセージなんて送れるはずがないだろう。
しばらく立ち尽くしているうちに遠くから花音の声が聞こえてきた。
「貴章ー!」
「ん・・・? 花音!?」
「貴章、怖かった・・・! めっちゃ怖かったよ・・・!」
花音は涙目になりながら駆け寄ってきた。 携帯だけを握り締めている。
「花音の彼氏は?」
「今家にいる。 怖くて逃げ出してきた」
「そんなに危険な奴なのか? 名前しか知らないけど、普通に優しくていい奴だと噂されているだろ」
そう言うと花音は分かりやすく目を泳がせた。
「あー・・・。 うん、まぁね」
「花音は本当にソイツのことが好きなのか?」
「・・・」
黙り込む花音を見てアドバイスができるのはやはりこれしかない。
「別れたらどうだ? 本当に好きなら止めないけど、もしDVをしてくることに対して苦痛を感じているのならすぐに別れた方がいい」
「・・・」
花音は何も答えなかった。 それを見て別れられないのだと理解した。
「もしかして、乱暴されたり脅されたりしているのか?」
だが貴章の質問に対する花音の口から飛び出した言葉は、貴章の予想外のものだった。
「・・・貴章が私と付き合ってくれるなら、別れてあげる」
「はぁ!? 何だよそれ」
何が言いたいのかよく分からず、頭で整理しようとしたが分からなかった。 “別れてあげる”なんて言葉が本当に困っている人間の口から出るとは思えないのだ。
そもそも貴章は別れた方がいいとは思うが、別れてほしいとは思っていない。
「だって憂一よりも、貴章のことの方が好きなんだもん。 今も助けに来てくれて嬉しかった」
「・・・」
唖然として次の言葉が出てこなかった。
―――・・・だから、そうなるならどうして俺を振ったんだよ。
―――俺は本気で花音のことが好きだったんだ。
―――にもかかわらず、花音はあっさりと俺との関係を終わらせた。
―――ようやく失恋に傷が癒えた頃、音夢と付き合い始めた。
―――それなのに今更、よりを戻そうとか・・・。
「ふふ」
真剣に考えていると花音が小さく笑った。
「・・・何だよ」
「懐かしいなって。 こういう関係が」
「普通に話すことが、か?」
「そう」
「それならさっきも、俺が花屋へ行く前も話しただろ」
「そうなんだけど。 いざ元カレと口を利かなくなると、結構寂しくなるものだよ。 貴章は嫌? 私の話すの」
花音を見ては答えることができず視線をそらして言った。
「・・・話すくらいなら、別に」
「よかった。 やっぱり貴章と話すのは落ち着くなぁ」
そう言うと花音は貴章の目の前に移動した。
「怖い気持ちも大分収まった。 ありがとうね。 ねぇ、これからも気軽に声をかけてもいい?」
―――・・・まぁ、話すくらいなら構わないか。
―――俺は花音とよりを戻す気はないし。
そう思い素直に頷いた。 彼氏との件は正直意味不明だが、万が一困っているのなら見放すわけにもいかない。 もし自殺でもすることになれば、そう考えると手を差し伸べずにはいられないのだ。
「・・・いいけど」
「やったぁ!」
「ただし、音夢がいない時な」
そう言うと喜んだ表情をしていた花音が瞬時に表情を消した。
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