眠れる美女の寝言⑤




音夢の寝言は明らかに人の名前で、そして重要なのは先程聞いたばかりの名前だということだ。 もちろん貴章の名前は貴章であり、音夢には兄弟はいない。 当然父親の名前でもないだろう。


「・・・え、は? 憂一? 今、憂一って言った?」


憂一というのは音夢が彼氏として紹介した人物の名前だ。


―――何だよ、それ。

―――憂一って花音の今の彼氏のことか?

―――もしそうだとしたら、一体どうしてソイツの名前を呼ぶ?

―――つか、今は何の夢を見ているんだよ・・・。


同名の別人の可能性はある。 だがあまりにもセンセーショナルなためそれを否定することができなかった。 考えているともう一度音夢は寝言を言った。


「・・・憂一・・・」


先程以上にハッキリと“憂一”という言葉を口にした。 聞き間違いではない。


「音夢・・・?」


不安になりながら音夢に近付いていく。 だがそこで異変を悟ってしまう。


「ッ・・・!?」


音夢の顔を覗いてみると彼女は静かに涙を流していたのだ。


―――早くタオルを!


音夢の部屋にあるタンスの引き出しからタオルを引っ張り出して急いで涙を拭いた。 憂一という名と彼女が泣いたことにより懸念が生じてしまった。


―――憂一、か・・・。

―――憂一という奴と、泣く程辛いことでもあったのかな。

―――思えば俺は音夢が過眠症になった理由を知らない。

―――まだ医学的に原因は分かっていないみたいだけど、音夢の場合は生まれつきではないということは分かっている。

―――音夢のお母さんにでも聞いてみるか・・・。


一人考えていても埒が明かないため一階へと下りた。 リビングを覗くと母は静かに洗濯物を畳んでいた。


「あの、お母さん。 今いいですか?」

「どうしたの?」

「一つ聞きたいことがあって」


母は貴章の真剣な表情を見て畳んでいた手を一度止めた。 それを見た貴章はリビングの中へと入りドアを閉める。


「何?」

「憂一という人を知っていますか?」

「・・・!」


尋ねると明らかに母の表情が変わった。


―――やっぱり何かあるんだ。

―――憂一という人と。


あまり刺激は与えたくないため母からの次の言葉を待った。


「・・・あぁ、うん。 憂一くんね」

「知っているんですか?」

「えぇ。 でも、言ってもいいのかしら・・・」

「俺は構いません。 お母さんがよければ聞かせてください」


そう言って静かに返事を待つと母はゆっくりと語り出した。


「・・・そうね。 憂一くんは音夢の元カレなの」

「元カレ・・・?」

「えぇ。 二人が一緒にいるところをよく見たわ」


母の表情からして嘘を言っているようには思えなかった。


―――音夢から元カレの話は一切聞いていない。

―――そもそも元カレに興味なんてなかったからな・・・。


「恥ずかしいのか、私にはまだ紹介してくれなかったけどね。 いつも家の前まで送り迎えとかしてくれていたから、私にはバレていたんだけど」

「話してくれてありがとうございます」


頭を下げると心配された。


「気を悪くしていない?」

「大丈夫です。 俺から聞いたことなので」


気まずくなり慌てて音夢の部屋へと戻った。


―――つまりどういうことだ?

―――今は元カノ元カレ同士が付き合っているということだよな。

―――あまりにも複雑だ・・・。

―――俺も音夢も互いの過去は一切詮索していなかったから、分からないことだらけだ。

―――だから都合はいいのかもしれない。

―――だけどもしある拍子に、音夢が元カノ元カレ同士が付き合っていると知ったら・・・。

―――そりゃあ、流石に嫌な気持ちになるよな?

―――俺だって元カノの花音が音夢の元カレと付き合っていると知った今、複雑だし・・・。


眠っている音夢をチラリと見る。 相変わらず目覚める様子はなかった。 だがあの瞳が今開くと思うとこの動揺を隠せそうにない。 そう思うと途端にそわそわしてしまう。


―――え、どうしよう。

―――俺はこれからどうやって接したらいいんだ?

―――自然体って何だっけ?


目覚めてほしいが今は目覚めてほしくない。 そんな心境の中落ち着くことができずにいると携帯が突然鳴った。


―――誰だよ、こんな大事な時に・・・。


気は乗らないが緊急事態だと困るため相手を確認した。 画面を見ると花音からだった。


―――花音から?


何事かと思い内容を開く。


『今彼氏に束縛されてDVをされているの! お願い、助けて!』


そこには緊迫感と共にそう書いてあった。



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