眠れる美女の寝言④




不愉快な気分は継続し、歩いていてリピートするのは先程の音夢に対する花音の言葉。 貴章は考えていなかったのではなくて、考えようとしていなかったのではないかと考えてしまう。 

音夢が目覚めない可能性から目を背けていたのではないかと思ってしまった。


―――・・・目覚めなかったらって、何だよ。

―――音夢は過眠症というだけで他に身体の異常はないんだ。

―――健康体そのもの。

―――だから、目覚めないだなんてそんなことは・・・。


ただ原因はよく分かっていない。 そして、その原因が分からないということの恐怖は凄まじい。 眠っている音夢を差し置いて一人弱気になっている自分に嫌気が差し喝を入れた。


「あぁ、もう! 俺が音夢を信じなくてどうするんだよ!」


モヤモヤとしたまま花屋へと着いた。 花屋のおじさんは何となく暇そうに水をやっている。


「いらっしゃい」


それでも貴章に気付いたのか、姿勢を正し言った。 花屋にはあまり縁がなく、一人で来たことは記憶に残っていない程にない。 色とりどりの花が飾られていて、いい匂いもして悪くはない心地だ。 

見渡していると音夢の母親が言っていた薔薇の花を見つける。


「それじゃあ、薔薇の・・・」


そう言おうとしたところで止まった。 眠れる森の美女の話をよく憶えてはいなかったが、薔薇の花は寧ろ悪いものだったような気がしたのだ。


―――何か、城の周りを薔薇が囲んでいたような・・・?


目覚めを妨げてしまうのなら薔薇なんてとんでもない。 ただそうなると、どんな花を選べばいいのか困ってしまう。


「・・・あの、花にはあまり詳しくなくて」

「どのような花がご希望ですか?」

「眠っている彼女、あー・・・。 お見舞い用、みたいな?」


言葉を濁してそう伝えた。


―――実際体調は問題ないけど、これでいいのか?

―――・・・さっきの花音の言葉に引っ張られ過ぎて、上手く考えられない。

―――できるなら明るい色の花がいいけど・・・。

―――細かい要望があったらいいけど、音夢からは“花”としか言われていないんだよな。

―――俺がもうちょっと詳しかったらよかったんだけど。


考えている間に店の人は花を取ってきてくれたようだ。


「でしたら、ガーベラとかはいかがでしょうか?」

「ガーベラ?」

「はい。 お見舞いにはお勧めですよ。 暖色系なので、とても温かみのある色ですし」


店の人が最適な花を持ってきてくれて助かった。


「ならそれにします。 それください」

「ありがとうございます」


―――音夢はオレンジ色が好きだもんな。

―――なら丁度いいか。


花を丁寧に包んでもらい音夢の家へと持ち帰ることにした。 だが音夢の家に近付くにつれ足がだんだん重くなってしまう。 先程の花音の言葉が頭から離れないのだ。


―――音夢のところへ戻りにくい・・・。

―――なんて思うのは駄目だよな。

―――忘れよう、あんな言葉なんて。


この後は誰とも会うことなく無事に音夢の家へと戻ることができた。 チャイムを鳴らすと音夢の母が出てきてくれる。


「おかえりなさい。 あら、綺麗な花ね。 もしかして、音夢に買ってきてくれたの?」


先程音夢の花の好みを聞いたことから予想がついたのだろう。


「えぇ。 音夢が喜ぶかなと思って」

「わざわざありがとうね。 いい香り。 蝶々のように匂いにつられて目覚めてくれるといいけど」

「音夢が寝言で“花”と言っていたので、つい買ってきてしまいました。 花がほしいのかなって」

「あら、そうだったのね。 ありがとう、大切に飾っておくわ。 そんなに花がほしかったのかしらね?」


嬉しそうに花を受け取ると音夢の母は花瓶を取りにいった。 中へ入るよう促されたためそれに従い玄関のドアを閉めて言う。


「お邪魔します。 ・・・あの、音夢は?」

「まだ起きていないと思うわ」

「・・・そうですか」


母はリビングへ、貴章は二階の音夢の部屋へと向かった。


「・・・帰ったぞ」


静かにドアを開けると、やはり音夢はまだベッドの上にいた。 それを見て少し複雑な気持ちになる。


―――まだ気持ちよさそうに眠っている・・・。

―――起きる気配はなし、か。

―――しばらくはまだ眠っているだろうな。


すやすやと寝息の音が聞こえてくる。 穏やかな寝顔で悪い夢などは見てなさそうだ。


―――規則正しい呼吸音が聞こえるだけでも安心する。


それだけで今は十分だと思えた。 優しく音夢の頭を撫でていると再び脳内で花音の言葉がリピートされた。


―――・・・またかよ。

―――花音はどれだけ俺のことを邪魔するんだ?


思い出したくなくても思い出してしまう。 それに連動し撫でている手にも少し力が入ってしまった。 音夢に衝撃を与えないよう慌てて手を引っ込める。


―――無理に起こそうとはしたくない。

―――自然に目覚めるのが一番だと思うから。

―――・・・というか前に、一度無理に起こそうとしたことがあるんだよな。

―――深い眠り過ぎて、一切起きることはなかったけど。


だから無理に起こすのは無駄だと分かっていた。 過度なストレスが睡眠に悪影響を与える可能性は否定できない。 

目覚めるのならそれも仕方ないとは思うが、目覚めないのなら睡眠を妨害したくはないのだ。


―――本当に目覚めなかったら、か・・・。

―――そしたらどうしよう?

―――そんなことはないってもちろん分かっている。

―――だけどもし二週間経っても三週間経っても、更には半年が経っても目覚めなかったら?

―――俺はこのまま音夢の目覚めを待つことができるのか?

―――・・・そこまでの覚悟が、俺にはあるのかよ。


不安になっていると音夢が再び寝言を言った。


「・・・憂一・・・」

「・・・は?」



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