眠れる美女の寝言③
「・・・花音? どうしたんだよ」
あまり言葉を交わしたくなかったが、花音が手を離さないため渋々尋ねてみるしかなかった。
「ちょっと貴章と話がしたくて」
「俺は話すことなんて何もないけど」
「私があるの。 行こう、みんなごめんね。 また後で合流する」
「「「おう・・・」」」
急な展開に戸惑う面々だったが、それでもなお花音が手を離さないのを見てゆっくりと去っていった。 だがそれだけでは不十分だと考えたのか花音は手を引いたまま自動販売機の裏手まで移動した。
人目を気にするような話なのかと気になったが、とりあえず流れに身を任せてみる。
「貴章はこれからどこへ行くつもりだったの?」
「どうして花音に教えないといけないんだよ」
「別にいいじゃない。 教えて駄目な理由があるの?」
―――・・・教えて駄目な理由はないけど、話したくない理由はある。
だがそう言っても納得はしないだろう。 もしかしたら怒り出してしまうかもしれない。 正直、早く次に進みたかったため仕方なく答えることにした。
「花屋に行くんだよ」
「花屋さん? 贈り物をするの?」
「まぁな」
「もしかして音夢に?」
「あぁ」
「ふーん・・・」
元カノの花音は貴章と音夢が付き合っていることを知っている。 同じ大学に通っているため伝わるのも早かった。 それを聞いた花音はつまらなさそうにそっぽを向き、貴章の腕をようやく離す。
「どうして急に俺と話がしたいとか思ったんだよ? 花音が俺を振ってから二年間半、互いに口も利かなかっただろ」
「あー、うん。 ちょっとね」
そう言う花音の目は笑っていない。 少し身を引いている今がチャンスだと思い畳みかけた。
「俺に飽きたとかが理由で別れを切り出してきたくせに。 それなのに急に普通に話しかけてくるとか、有り得ないだろ」
「・・・」
「それに花音には新しい彼氏がいるんだって? その彼氏に俺と一緒にいるところを見られたらマズくないか?」
花音は笑顔を取り繕って言う。
「それは大丈夫だよ。 そんなに気にしなくても」
「俺が気にするんだよ。 一応俺たちは、元カノ元カレの関係なんだ。 厄介事には巻き込まないでくれ」
「善処する」
「・・・」
それから二人の間に沈黙が訪れた、 このまま花屋へ向かってもよかったが、やはり花音は元カノということもあり少し気になってしまった。
もちろん最優先は音夢であることに間違いないが、もし困っていることでもあるのなら助けたいとは思った。 そして、おそらくは何か話しにくいことを隠している気がした。
「・・・新しい彼氏とは、いつから付き合い始めたんだ?」
「うん? 半年前くらいかな」
「結構長いんだな。 いつも一緒にいるグループには報告しなかったのか?」
「うん。 今日までずっと黙っていたの」
「ならどうして急に打ち明けたんだよ」
「貴章だけ彼女がいてズルいと思ったから。 その対抗心?」
そう言ってフッと花音は笑う。 貴章は溜め息交じりで返した。
「何だよ、それ」
「私の彼氏の名前はね。 憂一(ユウイチ)っていうの」
「・・・」
花音は突然尋ねてもいない彼氏のことを話し始めた。 別に聞きたくも何ともないが、気になることもある。
―――・・・その名前なら何度か聞いたことがある。
―――大学は違うみたいだから会ったことはないけど、俺たちと同い年で結構モテるっていう噂をされているんだよな。
―――・・・まぁ花音は可愛いから、ソイツと付き合っても当然か。
チラリと花音の様子を窺うと彼女は余裕そうに貴章を見ていた。
―――・・・これ以上花音の彼氏の話を聞いていたら、俺がマズそうだな。
ほんの少しの嫉妬心。 これ以上その思いが膨れ上がらないうちにこの場から去ろうとした。
「そろそろ俺は花屋へ行ってくる」
「私、貴章とよりを戻したい」
それはあまりにも突然な告白だった。 慌てて振り返るとそこには真剣な目をしている花音がいた。 新しい彼氏がいるといった直後の話では到底ない。 だが冗談やからかっているようにも思えない。
「・・・はぁ? いや、何を言ってんだよ。 俺には新しく好きな人がいるって、分かっているだろ?」
「うん」
貴章からしてみれば花音との関係は既にとっくに終わっている。 断るのが当然であった。
「だから無理に決まっている」
「それでも私は貴章がいいの!」
「花音にも彼氏がいるだろうが」
「じゃあもし、音夢が目覚めなかったら?」
「・・・は?」
畳みかけるように言葉を返していくと花音は突然音夢の名を口にした。 その質問に時が止まったように思えた。 動揺を見せた貴章に今度は花音が畳みかけていく。
「もしこのままずっと眠って、目を覚ますことがなかったら?」
「・・・」
―――いや、花音は何を言ってんだよ。
そのようなことがあるとは今まで考えていなかった。 眠ってもいずれ目が覚めると分かっているから気持ちが幾分か楽だ。 だがよくある意識不明状態のようになってしまったらと考えるとゾッとする。
「そんなの寂しいでしょ? なら私とまた付き合おうよ。 私なら、貴章に悲しい思いはさせないから」
あまりにも勝手な物言いに貴章は声を張り上げそうになった。 公共の場でなければビンタの一つでもしてしまっていたのかもしれない。 それくらい許せない言動だった。
「・・・てくれ」
「え?」
「帰ってくれ!」
「ッ・・・」
その言葉で振られたのだと分かったのだろう。 花音は感情的になり一歩距離を縮めてきた。
「どうして!? ずっと眠り続ける音夢のどこが!」
「言いがかりはよせ。 人の彼女のことを無責任に悪く言うなよ」
「・・・」
何も言えなくなった花音を見て貴章は一人花屋へと向かった。
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