第23話 今日で終わりにするからだ。

 どれだけ憂鬱な日でも、時は過ぎていく。


 幼馴染に振られ、水瀬さんに分かれを告げられた過去は取り戻せない。

 これまではそれが嫌で、ずっと逃げ続けていた。


 でもー、


 「俺は…水瀬さんを助けたい。たとえリア充になれなくてもいい。彼女を救い出したいんだ!」


 もう、それはやめにしよう。


 冷たい演技がへたくそで、すぐあわあわする水瀬さん。

 本当は人の温もりが好きで、くっついてくる水瀬さん。

 俺を傷つけないため、人知れず泣く水瀬さん。




 彼女とこのまま離れるなんて嫌だ。


 「そうでなくっちゃ、倫太郎!」

 

 「あたしたちに出来る事なら何でも言って!」


 義人や桃倉さんも一緒に立ち上がってくれる。

 こんなにうれしいことはない。




 「しかし、呪いをどうやって解こうか?」


 「呪い…?なんだよそれ」


 「そういえば誰かを助けたいって日曜日に言ってたよね。それって、やっぱり水瀬さんだったの」


 「信じてもらえないかもしれないが…」


 俺は2人に『リア充タイマー』について話すことにした。幸い、特に変わった兆候は見られない。

 

 2人が真実を知ったとしても、水瀬さんはリア充になれるわけではないということか。




 ****



 「なるほど。水瀬さんと誰も仲良くなれないのはそのせいなんだね」


 「う~ん。でもラブコメの神さまってどこにいるんだろ?呪いを解く方法なんて分からないな」


 2人はさほど動揺せず俺の話を信じてくれた。なんとなく様子がおかしいことは感じ取っていたのかもしれない。とはいえ、解決策は思いつかないようだ。




 だが、俺は桃倉さんの言葉にヒントを得た気がした。


 「ラブコメの神さま…そうか!桃倉さん、それだよ!」


 「え?うわわ!」


 思わず彼女のツインテールをくしゃくしゃと撫でた。水瀬さんのような声を出して、桃倉さんは焦りだす。


 「い、いきなりは反則なんだからね。ま、まあ矢崎君ならいいけど」

 

 「ずるい!僕もやってよ倫太郎!」


 「赤月くんはだめ!」


 「えーー!?」


 「2人とも静かに!今作戦を練ってる」


 ラブコメの神さまは『呪いを解く方法がある』と言っていたらしい。


 ラブコメの神さまが呪いを解き、水瀬さんを解放する方法。



 

 思い当たる方法は、1つしかない。


 「よし!」


 俺は頬を両手でぱちんと鳴らす。

 

 男矢崎倫太郎、一世一代の大勝負だ。


 「桃倉さん。義人」


 そのためには、助けがいる。




 「水瀬さんを助ける作戦を考え付いた。悪いけど協力してくれないか?」


 「もちろんさ!言ったろ、『彼女になって欲しい以外のお願いならなんでも聞く』って」


 「あたしに出来る事なら何でも言って!」


 「ああ。別に難しいことじゃない。明日水瀬さんが学校に来たら…」


 世界でたった3人しか知らない少女の秘密。

 少女を助けたい3人の男女。


 何の変哲もない学校の空き教室で、会議が着々と進んでいった。


 

  ****



 「ここが、指定された教室でしょうか」


 亜里沙は教室の前で、桃倉さんと赤月さんを待っています。

 いつものように帰ろうと準備をしたところ、2人に声を掛けられたからです。


 ーごっめーん水瀬さん。悪いんだけど、先生に頼まれた資料運び手伝ってくれない?

 ー資料運び…ですか?

 ーそうなんだよ。僕と桃倉さんだけじゃ荷が重くてね。


 矢崎君は帰宅するのをきちんと確認したので、受け入れることにしました。


 …”氷のナイフ”と呼ばれても、誰かと話したくなる時があります。


 「しかし遅いですね、2人とも」


 すぐ来ると言っていた桃倉さんと赤月さんはなかなかやってきません。待っているうちに、今朝見た矢崎君の姿を思い出しました。


 視線を落として、こちらと目を合わせようとしない赤月くんの姿を。


 (ごめんなさい、矢崎君。亜里沙は最低です)


 その姿を思い出すだけで、また涙が溢れそうになります。




 でも、決めたのです。 

 矢崎君を好きとはっきり感じたときから 『リア充タイマー』は加速度的にポイントを貯めていきました。


 どれだけ矢崎君に話しかけようとしても、助けを求めようとしても、すぐに爆発してしまいます。

 彼はそんな亜里沙を、助けようとしてくれるかもしれません。


 でも、そこまで迷惑はかけられません。


 「お待たせ!水瀬さん」


 「待たせちゃった?ごめんね、用意に手間取ってさ」


 やがて2人がやってきました。そういえば、この2人はいつ仲良くなったのでしょうか。


 「…構いません。早く初めて終わらせましょう」


 いや、亜里沙にはどうでもいいことです。


 「じゃ、さっそく中に入ろうか」


 「はい」




 亜里沙はもう、一生友達も恋人も作らないのですから。



 ****



 「お待たせ、水瀬さん。ごめんね、朝声を掛けられなくて」


 扉が開き、3人が入ってくる。


 その先頭にいるのが、死んだ魚のような眼をしている水瀬さんだ。

 

 でもー、



 

 それが彼女の本性じゃないことを俺だけが知っている。


 「な…や、ややや矢崎君!?」


 ほら、すぐに”氷のナイフ”の表情が解けた。


 「ごめんね。騙すつもりはなかったんだ、でも、こうしないと君に会えないと思って」


 でも、それも今日で終わり。

 なぜならー、



 「今日、俺は君に告白する!」


 呪いは、今日で終わりにするからだ。

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