第22話 どうすればいい?

 「で、この公式を当てはめてだな…」


 梅雨特有のじめじめした空気と、眠気に苛まれる午後の授業。

 俺はいつものように内容をノートに移すが、やる気はまるでない。


 「…」


 隣に席に座る、青い髪の美少女をちらりと見る。


 「…」


 水瀬さんは黙々とノートに内容を書き写していた。こちらにはまったくの無反応で、視線に気づいているかどうかも分からない。 


 もやもやした感情を抑え、俺は水瀬さんから視線をそらした。



 ****



 ー今後は、亜里沙のことを忘れて生きてください。


 水瀬さんから別れを告げられてから10日が経過した。もちろんすぐに理由を聞こうとLIMEを送信したが、結局既読すらついていない。


 初日こそ学校を休んだ水瀬さんだったが、翌日から何事もなかったかのように登校を再開している。

 

 一つ違うのが、彼女が再び”氷のナイフ”に逆戻りしたことだ。


 これまで以上に人との接触を避けるようになり、もはや授業中以外は姿を見ることすら難しかった。


 もちろん、俺はそれが水瀬さんの本心でないと信じている。


 本当はすぐあわあわしてテンパるし、どこか抜けてるし、でも優しくて人の気持ちに敏感な人だ。数日間素の彼女と接したことですぐ気づいた。だから、もう一度話したい。




 でも、俺は彼女と接触することができなかった。



 ー水瀬さん!もう一度話しをー

 ーせめてLIMEだけでもー

 ーこれじゃ出オチ…

 ーなんなら不意打ちでー


 何をしても彼女がすぐ爆発してしまうからだ。これまで以上に『リア充タイマー』が一瞬で『100』となってしまい、少しでも接触しようとすると発動する。


 水瀬さんは爆破後すばやく姿を消してしまうらしく、気が付いたらすぐにいなくなってしまう。


 ー水瀬さん!悩みがあるなら俺が聞くよ!だから…

 ー…

 ー水瀬さん!


 3日前も必死に呼びかけたが、結果は空振り。俺は、一旦彼女との接触をやめざるを得なかった。


 (このまま、お互い関わらない方が幸せなのかな)


 もう一度だけ彼女に視線をやる。今度は、『リア充タイマー』の方にだ。


 タイマーの数値は『-39』となっている。


 下がることもあることは確認していたが、マイナスの数値まであるらしい。下がるスピードはどんどん早くなっており、数日中には『-100』にまで達するのではないだろうか。


 なぜそこまで急速に下がっているのかは分からない。

 

 でもー、




 極限まで低下すれば、水瀬さんも爆発せずに済むのではないだろうか。

 たとえ、残りの青春の期間を全て犠牲にすることがあっても、悪くない試みなのもしれない。


 そのためには、俺は彼女とこれ以上接触したらいけないんだ。



 ****


 

 「倫太郎、ちょっと」


 憂鬱な想いを抱えたまま始まるお昼時。

 味のしない昼食を食べ終え、ぼーっとしていると、義人に声をかけられた。


 「どうした?」


 「こっちに来てくれ」


 「なんだよ…俺は今眠いんだ」


 「問答無用!」


 「おわっ!?」


 ぐいっと手を引っ張られ、とある同じ階にある空き教室の中へと連れ込まれる。




 そこにはー、


 「赤月一等兵、任務ご苦労!」


 「はっ!」


 桃倉さんがいた。義人にわざとらしく敬礼をして、司令官のように振舞っている。


 「なんだよ2人とも!からかってるなら帰るぞ」


 「ごめん、でもからかうつもりはないよ、矢崎くん」


 ぐいっと俺に顔を寄せた桃倉さんが、真剣な表情でこちらを見つめる。


 「ずばり聞くけど、水瀬さんと仲が悪くなったの?」


 「…別に関係ないだろ。ほっといてくれ」


 「ほっとけないさ。ね、桃倉さん」


 義人も乗っかってくる。

 この2人こんなに仲が良かったのか?


 それとも、俺を助けるために手を組んでるのだろうか。


 「うん。矢崎君には1つ貸しがあるしね」


 「ああもう!なんだよ2人して!」


 いずれにせよ、今は迷惑だ。


 「簡単だよ。振られたんだ俺は!水瀬さんと仲良くできたと思ったけど、それは思い違いだったってだけ!」


 義人の手を振り払い、教室から出ようとする。




 「それは違うと思うの!」


 桃倉さんが再度声を上げた。


 「水瀬さん、泣いてたよ」


 「…!」


 「学校に戻ってきた日、あなたを避けるように教室から離れた後、トイレの個室で泣いてた。本当にあなたが嫌いだったら、そんなことするわけない」


 「それは、本当なのか?」


 「ああ。僕も聞いたよ。別の日に図書室で泣いているのを見た」


 「義人もか…」


 一度全てを諦めかけた俺の心が、再び揺れ動く。


 やっぱり、水瀬さんはどこかで助けを求めているんのだろうか。




 だとすれば、俺は、どうすればいい?

 

 



 

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