第21話 …ごめんなさい
「おはよう妹よ!」
「おはよー。朝から随分元気だね。昨日のデートで良いことでもあったの?」
色々あった日曜日が終わりを迎えた次の日。すなわち多くの人が低いテンションのまま迎える月曜日だったが、俺のテンションは高い。
なぜなら、水瀬さんとのデートを成功に導けたからだ。
「俺もついにリア充に…じゃなかった。水瀬さんの悩みを解決する糸口を掴めそうだ。明里も協力してくれて助かったよ、ありがとう」
「…ふ~ん、ま、いいけど。遂にお兄ちゃんも明里から卒業かな」
「なんか言ったか?」
「なんでもありませーん。はい、朝ごはんのパンね」
「おう」
今日の朝ごはん当番である妹からパンを受け取った。両親は海外出張中のため、こうして妹と2人で家事を分担している。
パンをかじりながら、LIMEで水瀬さんにメッセージを送ってみた。
ーおはよう!昨日は楽しかったね。今日も家まで迎えに行っていい?
いつもならすぐに返事が来るはずだ。水瀬さんも起きている時間帯で、大抵は可愛いスタンプと共に「お、おはようございます!」といった返事が返ってくる。
だが、何も返ってこない。
パンをかじり終わり、服を着替え終え、家を出る直前になっても、既読すら付かなかった。
「お兄ちゃん、どうしたの?早く行かないと遅刻するよ」
「あ、ああ。先に行っておいてくれ」
「うん。今日はお兄ちゃんが夕飯当番だからね」
「分かってる」
(そういう時もある、か。あまり気にしないでおこう)
スマホを閉じた後、俺も明里に続いて家を出た。昨日とは打って変わって雨模様で、傘をささなければずぶ濡れになりそうである。
****
「おはよう!倫太郎。今日は凄い雨だね」
学校に登校すると、義人が先に来ていた。いつものように自分席へと付くが、いつもなら来ているはずの人物がいない。
俺の隣の席の水瀬さんである。
「ああ。水瀬さんは来てるか?」
「水瀬さん?まだ来てないけど。どうかしたの?」
「いや、来てないならいいんだ。少しだけ用事があってな」
「おっはよー!矢崎くん」
桃倉さんも話しかけてきた。いつもより機嫌が良さそうで、ツインテールがぴょこぴょこと動いている。
「おはよう桃倉さん。水瀬さん見なかった?」
「水瀬さん?いや、まだ見てないねえ。いつもならこの時間に来てるはずだけど。何か伝言でも伝えておこうか?」
「大丈夫。自分でやるよ」
「オッケー。あ、そういや1限目の宿題やってなかった。見せてくれない?」
「いや、俺もしてない」
「がーん!」
「僕なら見せられるよ桃倉さん!半分ぐらい適当だけどね!」
「いや、赤月くんじゃなくて矢崎くんに見せて欲しいんだけど」
「なぜに!?」
3人でとりとめもない話をしながら、俺はちらちらと教室のドアを眺めた。
でも、彼女はやってこなかった。
****
水瀬さんがやってきたのは、授業が始まる直前になってからである。丁度心配になって再度LIMEしようとした時であった。
「おはよう水瀬さん。ごめん。朝変な時間にLIMEして…」
声を掛けようとして、思わず立ち止まる。
「…」
無言の彼女は、ずぶ濡れだった。頭から膝まで水にぬれており、水滴がぽたり、ぽたりと滴り落ちている。家から傘もささずにここへ来たのだろうか。
思わず席から立ち上がり、彼女の下に駆け寄る。
「水瀬さん!大丈夫?」
クラスの人間の目も気にならなかった。
水瀬さんが心配でたまらない。
冷えた体をタオルで拭いてあげたい。
声をかけてあげたい。
「…!」
でも、彼女のもとに駆けようとした足は自然と止まる。
0だった『リア充タイマー』が、あっという間に100となったからだ。
これまでとは次元の違うスピード。
どうしてだ?
ただ、声をかけただけなのに。
いつも通り世界が爆発しそうになった時、水瀬さんが顔を上げる。
「…ごめんなさい」
そこには、昨日までの水瀬さんが浮かべていた表情ーー朗らかな笑顔やあわあわした表情は一つもない。
ただ悲しみだけがあった。
「水瀬さーー」
彼女に手を伸ばした瞬間、爆風が全身を包み込む。
そして、何も分からなくなった。
****
「えー、今日は水瀬は欠席だ。さっき連絡があって、風邪を引いたから休むらしい」
気が付いた時、教師の滝川先生が教室へとやってきていた。数分の間ぼーっとしていたらしい。
「どうしたの倫太郎。ぼっーとして」
「…いや、なんでもない」
教室を見回したが、水瀬さんがすでにいなかった。どうやら、俺が意識を取り戻す前に移動したらしい。
授業を抜け出して探しに行こうとしたとき、スマホが懐で震えているのを感じる。恐らくLIMEだ。
教師に見えないよう確認すると、1つのメッセージが送信されている。
ー矢崎くんへ。これまで、本当にありがとうございました。
ー今後は、亜里沙のことを忘れて生きてください。
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