第20話 助けー
「すっかり日も暮れてしまいましたね」
『ポアンカレ』での目標を達成し、その後も色々なショップやスポットを回って 『オゾンモール西方』を出た。空はすでに夕暮れとなっていた。あれだけいたリア充たちも帰宅を始めたのか、人影はまばらである。
なので、街の中を水瀬さんと手を繋いで帰ることにした。
『リア充タイマー』の数値は『82』、低くはないがなんとかなるだろう。
「夕日、綺麗ですね。いつもは家の中で過ごすのでなんだか新鮮です」
「あ、ああ。そうだね」
ここで「水瀬さんの方がきれいだよ…」なんてしゃれたセリフを言えれば良かったのだが、俺の思考はそこまでクリアになっていなかった。
(水瀬さんの生膝…柔らかかった)
膝枕の衝撃から、いまだに立ち直れていない非リアなのである。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。少し考え事をしてた」
「…亜里沙の膝枕のことですか?」
「ぎくり」
「ふふふ。いいんですよ。またやりましょう。今度は、亜里沙の家で」
「家…」
「はい♪パパとママにも矢崎くんを紹介しますね。亜里沙の大切な人だって」
水瀬さんの顔はいきいきと生気に満ち溢れ、真っ白だった肌が少しピンク色になっている。
高揚しているのだろうか。
ほとんどスキップのような足取りで道を歩いていた。
なんだか子供のようで微笑ましい。
いや、それが自然なのだろう。
水瀬さんはずっと、友達や恋人を作ることを阻まれ、我慢してきた。
それが叶えられつつあるのだから、子供のようにはしゃぐのが自然なのである。
「水瀬さん」
「はい。どうかしましたか?」
「これからも、何かやりたいことがあれば何でも言ってくれ」
「なんでも、ですか?
「何があっても、俺が君を助けるから」
「…あわわ。きゅ、急にそんなこと言われると、どきどきしましゅ」
水瀬さんは顔を赤らめるも、とても嬉しそうに見える。
答えを言う前に、俺の手をぎゅっと握った。俺も握り返し、感情を分ちあう。
「これからも、亜里沙をリア充にしてくれましゅ…ますか?」
「ああ。もちろんさ」
誰も見ていない片隅で、俺は水瀬さんと確かな約束をかわすのだった。
****
「…ぼーっとしましゅ」
矢崎くんと別れた後のことはよく覚えていません。彼が家まで送ってくれた後、気が付けば少女漫画に囲まれた自室にいました。
どうやらお風呂まで済ませてしまったらしく、ピンクのフリル付きのパジャマを着ています。
「夢じゃ、ないんですね」
スマートフォンで、矢崎君とのLIMEを確認します。
ー今日は楽しかった!撮影した写真を送るね。まだ明日学校で!
今日のデートで撮影した写真が何枚か添えられており、亜里沙の体験したことが嘘ではないと教えてくれました。
兄妹のふりをして街を歩く写真。
色々な服を試し着する亜里沙の写真。
パンケーキを一緒に食べる写真。
一つ一つが、かけがえのない思い出です。
ー亜里沙も楽しかったです。また会いましょう。
とりあえず返信を送ると、白い人型のキャラクターが笑顔を浮かべるイラストがすぐ帰ってきます。俗にいう『スタンプ』というものでしょうか。いつもは真面目な彼がこのかわいいキャラクターを使っているのだと思うと、自然と笑みがこぼれます。
「スタンプ、買わないといけませんね…」
時間を確認すると、21時になっていました。
ママからの教えで、この時間にはいつも寝ることになっています。
ですが、寝れそうにありません。
心臓が痛いほどに鼓動しているからです。
感情があふれてきて、止めようと思っても止まりません。
「矢崎くん…矢崎くん…矢崎くん…」
名前を何度も呼んで、亜里沙は彼の顔を思い浮かべます。
亜里沙の呪いに唯一気付いてくれた人。
それを知っても避けようとせず、強がりを言う亜里沙に手を差し伸べてくれた人。
亜里沙の願いを何より尊重してくれて、それを叶えてくれるために全力を尽くしてくれる人。
亜里沙の大切な人。
「矢崎くん…亜里沙は、自分の気持ちにはっきりと気づきました」
胸をぎゅうっと抑え、自分の想いをぽつりとつぶやきます。
「亜里沙は、矢崎くんのことが、しゅき…」
その時ー、
『リア充タイマー』が赤い輝きを放ち始めました。
これまで見たことがないような、不気味で禍々しい輝きです。
「え…?」
それに合わせて、タイマーもみるみる増えていきます。
すごい早さです。
あっというまに『100』になります。
何が起こっているかは分かりません。
それを考える時間もなく、亜里沙の体は光に包まれます。
「矢崎君、助けー」
言葉を最後まで言い切る間もなく、意識が遠くなっていきました。
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