第19話 でも、もう少しこのまま

 「膝枕…」


 「ああ。俺と水瀬さんは兄妹。膝枕をしても、なんらおかしくはない…という風に考えることもできる」


 「なるほど…」


 水瀬さんは考え込むような姿を見せる。

 思ったよりあわあわせず堂々としている。


 これも俺との特訓のおかげー。






 「膝枕って何ですか?」

 

 「…」


 知らないだけだった。



  ****



 「あわわ…日本にはそんな大胆な風習があるんですか?」


 膝枕について詳細に説明すると、水瀬さんはいつも通りあわあわし始めた。


 「ふっ、日本はいわば『HENTAI』の国だからね。まあ、無理強いはしないけど」


 「あ、亜里沙の言葉に嘘はありません」


 視線を落とし、フリルの着いたスカートを落ち着きなく触りながら、水瀬さんがささやく。


 「矢崎くんがそれで喜んでくれるなら、亜里沙も喜んでやります。矢崎くんの喜びは、亜里沙の喜びでもありますから。ですけど…」

 

 水瀬さんは落ち着きなく周りを見渡す。


 「いぇーい!」


 「エンスタのストーリーにアップしよ!」


 「次どこ行く~?」


 パンケーキ店『ポアンカレ』は来客がピークに達し、休日を謳歌する10~20代の若者たちで溢れている。

 ここで膝枕をするのは、かなり危険な行為に違いない。


 色んな意味で。


 「また『リア充タイマー』が100になったら、矢崎君に迷惑が掛かってしまいます」


 彼女の言うことももっともかもしれない。

 安全を考えるなら、この店を出て、人気のない場所でやるのが安全だろう。だが、俺の考えは少し違っていた。


 「そうかもしれない。でも…」


 俺は水瀬さんの頭上に浮かぶ『リア充タイマー』を見つめる。

 今の数字は『49』。

 誰にも悟られず膝枕をやればぎりぎり爆発しないレベルか。


 「一度ぐらい、この神さまを無視して堂々とリア充になりたい。そうは思わないか?」


 「…!亜里沙が、堂々としたリア充に?」


 「そうだ」


 今日だって、やりたいことを散々邪魔されてきた。楽しいことも、ついタイマーが気になって楽しめなくなることがあった。水瀬さんも、長年同じような気持ちを抱いてきたのだろう。


 一瞬だけでもいいから、全てを忘れる瞬間があってもいいじゃないか。


 「今日の締めくくりとして、一緒にこの神さまに宣戦布告しよう。もちろん、俺と水瀬さんの2人で」


 「矢崎くんと、2人で…」


 もちろん、彼女を1人にはしない。

 いつだって一緒だ。


 水瀬さんは恥じらうような表情を浮かべるが、やがて瞳に力が宿る。


 「…亜里沙もいつまでも怖がっているわけにはいきませんね」


 今日見た中で一番力強い表情だ。


 「矢崎くんの力を借りて、リア充への新たな一歩を歩みます!」


 「その意気だ!」


 これならー、




 「だ、だから…」


 「ん?」


 水瀬さんが、新たな動きを見せる。

 先ほどから触っていたフリル付きの赤いスカート、それを手でゆっくりとつまんだ。


 すーっとめくりあげて、腰の部分まで持っていこうとする。


 「ちょ、水瀬さん、あわあわキャラが崩壊してるよ!?」


 「いいんです、矢崎君。亜里沙は、こ、この瞬間だけ、あわあわキャラを卒業します。りりりリア充になりましゅ。だから…」


 膝を半分ほど見せた状態で、水瀬さんはスカートをめくる手をゆっくりと止める。凹凸一つなく、真っ白で、光に反射して輝く水瀬さんのなまめかしい膝が、テーブルの下であらわとなっている。


 ああ。

 



 これが、生膝枕…!


 「亜里沙の生膝をじっくりと味わってくだしゃい…」


 目を閉じてぷるぷるしながらも、水瀬さんは静止した。



 ****



 けなげに頑張る水瀬さんを見て、迷いはなくなる。

 もはや実行あるのみ。

 

 「じゃあ、行くよ…」


 「ひゃい…」


 目立たないよう音を立てずに席を立ち、水瀬さんの隣に座る。周りの人間は食事やおしゃべりをするのに夢中で、まったく注目しなかった。


 それも当然だろう。


 まさか、兄妹を自称する2人が膝枕を決行しようだなんて、夢にも思うまい。

 しかも生で。


 「…」


 目を閉じてドキドキしている水瀬さんは、俺が隣に来たのを感じてぴくりと震えるも、動き出さない。

 意を決して体勢を変え、真っ白な膝にぴたりと頭を付けた。






 柔らかい…

 膝枕なんて生まれて初めてするが、みんなこれだけ心地よいのだろうか。

 柔らかいきめ細やかな肌と、少し固い骨の弾力がたまらない。

 

 それに、なんだか良い匂いもー、


 「ひゃうううん…!」


 感触にびっくりしたのか、水瀬さんが急に大声を上げる。その声の余りのかわいらしさに

、周囲の客の何人かが振り返った。

 

 まずい、みんなにばれてしまう。


 今はテーブルの下に体を隠しているが、少しでも覗かれたら終わりだ!


 「お、おにちゃんおてあらいからおそいな~~~!」


 その時、水瀬さんのわざとらしい声が響く。周りとキョロキョロを見渡す姿もわざとらしい。


 「も、もうぱんけーきたべちゃったから、はやくでたいなー…なー…なー」


 でも、それを指摘できる人はいないだろう。




 だって、可愛いから!


 「「「なんだ、トイレか…」」」


 周囲のリア充たちも、その姿に魅了されたのか、俺たちから目を背けた。


 (助かった…)


 ほっと息をなでおろしていると、頭をひんやりとして柔らかい感触が覆う。

 水瀬さんの手だ。

 俺の頭を撫でて、小声で何かをつぶやいている。




 「よしよし…怖くないですよ。亜里沙が守ってますからね」



 ****



 まるで赤ちゃんのように矢崎くんに声をかけると、幸せそうな表情を浮かべます。


 「水瀬さん…今日このままでずっと過ごしてもいい?」


 「だ、だめですよ。まだデートは終わってませんからね。でも…」


 なんだか楽しくなってきて、二度三度と矢崎くんの頬を撫でます。


 


 「少しだけなら…」


 矢崎くんの幸せは、亜里沙の幸せでもありますから。


 「さすが水瀬さん。気持ちよすぎて、眠く…」


 「え…あわわわわわ。本当に寝ちゃいました」


 すう、すうと眠りにつく矢崎君を揺り起こしますが、目を覚ましません。


 「でも、もう少しこのまま」




 幸せをかみしめながら、亜里沙はもう一度矢崎君の頭をなでるのでした。


 


 

 

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