第16話 む~…

 「じゃーん!どう?」


 桃倉さんが試着室のカーテンを開け、試着した服を見せる。

 

 片方の肩を開けた黒のワンピースにおしゃれなブーツ。

 水瀬さんと同じワンピースだが、醸し出す雰囲気は全く違う。恥じらうことなく大胆にポーズを取り、自分の『カワイサ』を全面に押し出すスタイルだ。


 これもまたよし…って何言ってるんだ俺。


 「ん?どしたの?」


 「な、なんでもありません!とても可愛いですよ?」


 「でしょ?矢崎くんのおかげでちょっと楽しくなってきた。また新しいの選ぼうっと」


 止める間もなく、桃倉さんは俺の手を掴む。


 「ちょ、ちょっと!?」


 「これもいいね~。いや、これも捨てがたい。迷うな~」


 店内を半ば引きずるように連れまわされる。ぐいぐい系女子の圧力に抗うのは難しい。


 (まずいな…止め時が分からない。非リアな俺には!)


 先ほど水瀬さんの買い物に付き合った経験から考えると、桃倉さんが満足するまで2時間は余裕でかかるだろう。

 そうなれば、昼に水瀬さんとパンケーキを食べるという計画ががが…


 

 ****



 「ねえ」


 その時、桃倉さんが足を止める。


 「このまま、今日1日2人で遊びに行かない?」


 「え?」


 急に腕をしがみつかれる。

 香水でも使っているのか、柑橘系の良い匂いが漂った。誰もがうらやむクラス1の人気者が真剣な表情を浮かべている。


 「あたしも1人。矢崎くんも1人。あなたは行きたいところだったらどこでもいいよ。あたし、結構人に合わせるの得意だし」


 「桃倉さん…」


 「一応、真剣だからね」


 「…」


 桃倉さんと2人でデート。


 クラス中の男子が聞けば、誰もがうらやむ幸せだろう。

 たとえ1日だけでもみんなに自慢できるし、なんならリア充扱いされるはずだ。



 でも、それはできない。


 「ごめん、桃倉さん。人を待たせてるんだ」


 「…人?もしかしてー」


 「彼女とかじゃないよ。その人はとあることで困っていて、俺はそれを手助けしてる」


 「…」


 「だから、今日桃倉さんとは付き合えない。ごめん」


 俺は頭を下げた。

 どういう理由であれ、人の誘いを断るのは良心が痛んだ。


 桃倉さんはしばらく目を丸くしていたがー、




 「そっか。そうだよね」


 やがて小さくほほ笑む。


 「ごめんね急に変なこと言って。あたしが悪かった」


 踵を返して帰ろうとする桃倉さんに声をかける。


 「待った!」


 「な、なに…?」


 彼女が先ほど手に取った服を指さした。




 「せっかくだから、その服だけでも着て帰ろうよ。まだ少しだけ時間あるから」


 「でも…」


 「桃倉さんは可愛いし、絶対似合うはずだ!」


 「うわわ!?い、いきなりなんてことを…」


 驚いた桃倉さんが落ち着きなくツインテールをいじる。

 以外と、水瀬さんのように恥ずかしがり屋なのかもしれない。


 「嘘は付いてないからね」


 「む~…何か一本取られた気分」


 しばらくツインテールを触っていたが、軽くため息をついた。




 「分かったよ、でも、笑っちゃだめだからね」

 

 

 ****



 「ど、どう?」


 桃倉さんがおずおずとしながら姿を現す。

 白のシャツに黒のスキニーパンツ。

 いつも派手な服装を好む彼女らしからぬ、おとなしめで清楚な服装だ。


 「似合ってるよ。とてもかわいいしおしゃれ」


 「す、ストレートに褒められると恥ずかしいなぁ」


 「それに、何というか、そっちの方が桃倉さんらしさを感じる」


 正直な気持ちを述べた。

 もちろん先ほどの派手な服装も似合っているのだが、今の方が自然体だと思う。


 桃倉さんがリラックスしているのだ。


 「そう、なのかな。本当は派手なファッションとか好きじゃないんだよねー」


 「そうなの?」


 いつも着崩した制服を来ている桃倉さんらしからぬ本音だ。


 「そ、あたし、猫被ってるの」


 「猫…」


 「皆に好かれるようついつい人に合わしちゃう。合わせてると服装や髪形が派手になっていって、息苦しさを感じるけどそれを断れない。蝙蝠みたいなだよね、あたし」


 「そうなのか…」


 気持ちは何となく分かる。思春期の人間なら誰でも抱く感情だ。もちろん、俺もその一人である。

 

 だからこそ、彼女に伝えなければならない。


 「大丈夫だよ、桃倉さん」


 「え?」


 「多分、桃倉さんが自分の好きな服を着ても、みんな変な目で見たりしないと思う」


 「そ、そうかな…」


 「もちろん。だって、桃倉さんは可愛いからね!」


 「うわわ!?」


 桃倉さんが顔を真っ赤にし、両腕で着ている服を隠した。どうやら恥ずかしくなったらしい。


 「それ言うなし!反則だからね!」


 「すみません!俺も恥ずかしくなってきたから過度な利用は控えます」


 「もう…こんな女たらしと知らなかったよ」


 言葉とは裏腹に、桃倉さんが嬉しそうな笑顔を浮かべる。みんなが知らない本当の水瀬さんのように、屈託のない笑顔だ。


 


 「でも、気分が良くなったみたい。ありがとう」


 

 ****



 「じゃ、また学校で!」


 「ああ。また明日」


 結局、白いシャツとスキニーパンツを購入して桃倉さんは去っていった。俺も代金を出そうとしたが、彼女にやんわりと断られている。


 ー自分らしくあるための服なんだから、自分で買いたいじゃん?


 一分の隙もない正論だ。

 ここは彼女を尊重すべきだろう。


 「あたしにできることがあったら手伝うからねー!」


 最後に手を振り、桃倉さんは去っていった。

 

 「ふう…」


 なんだか、大きな仕事をやり遂げた気分である。

 スマホで時間を確認すると、11時30分。


 ちょうどよい時間だ。今から水瀬さんとパンケーキを食べに行けば丁度良いだろう。


 まだ試着室にいるはずだから、迎えに行かねば。



 ****



 「お待たせ!何とか終わったよ」


 試着室に戻ると、水瀬さんがカーテンを開けた。

 すでに今日着てきたロリータ・ファッションに着替え終わっている。


 あとはパンケーキ屋さんに行くだけなのだか…




 「む~…」


 ふくらました頬と尖らした唇。肩をいからているので、いつもより胸が強調されている。俺と微妙に目線をそらし、顔を合わせようとはしない。


 すなわちー、




 水瀬さんは不機嫌であった。




 なんで!?

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