第15話 心の中に入り込まれちゃいました

 「みみみ水瀬さん!?どうしていきなりそんな大胆な服装を…まさか俺が海に行きたいとかいうからー」

 

 「ちにゃうんです!」


 密室の試着室で繰り広げられるサスペンス。


 白のビキニ姿という男子高校生には刺激が強すぎる衣服を身にまとった水瀬さんは、いつも以上にあわあわしながら事情を語り始めた。


 「カゴの中に偶然入ってたんです!亜里沙が選んだんじゃなくて、知らない間に入れてたみたいで」

 

 「そ、そうだったんだ」


 「一応着てみたんですけど…この服を見せるのは恥ずかしくて…ずっと迷ってて」


 「ちゃんと確認を取ってから入るべきだったよ、あはは…」


 「あうう…」


 水瀬さんは恥ずかしそうにうつむき、腕で胸のあたりをぎゅっと隠した。

 顔はいつも以上に真っ赤に染まっており、真っ赤に熟したトマトのようになっている。

 

 同時に、『リア充タイマー』の数字が『68』にまで上がった。


 確かにリア充的シチュエーションかもしれないけど、困ったことになった。


 とにかく押さえないとー、


 「もう、駄目…頭が、クラクラしてきました」


 その時、水瀬さんが体制を崩し、こちらに寄りかかってきた。


 「大丈夫?ってうわあああ!?」


 受け止めようと両腕を差し出すが、全力でこちらに倒れてきたため、思わずこちらもバランスを崩してしまった。


 なんとか支えようとするも、試着室の中で座り込んでしまう。水瀬さんが上からのしかかるような状態で倒れてくるのを、両腕でなんとか支えた。


 狭い試着室ではこれが限界。


 「危なかった。とりあえず、ゆっくり起きて」


 声をかけるも、返事がない。


 「水瀬さん…?」


 「…」


 どうやら意識を失っているようだ。力を失った柔らかい体が、さらにこちらに寄りかかってくる。


 そしてー、




 たゆん。


 抱きつかれると同時に、未知なる感覚が全身を包んだ。

 水瀬さんの胸に、触れてしまっている。


 「ひゃん…」


 意識のない彼女が体をびくりと震わせ、色っぽい声をあげる。


 (柔らかい。ずっとこのまま…いやちがう!今のなし!ま、まずい!これは色々な意味でまずい!)

 

 慌ててなんとか動こうとしたが、意識を失った彼女はがっちりと俺の上半身を掴んで離さない。体制が悪いため、力が入らずどかすのも難しい。


 「むにゃ…」

 

 そうこうしているうちに、水瀬さんの口が動き、何かを呟き始めた。

 目は閉じているし、寝言、でいいのかな。

 

 「矢崎くん…はしたない亜里沙を、叱ってください…でも、あなたの前ならいいかも…むにゃ…」


 「いや怒らないから!怒らないからからどいてくれー!」


 このままでは『リア充タイマー』の前に色々爆発してしまう。

 なんとか事態を打開しようともがく俺の耳に、思わぬ言葉が入ってきた。


 「…いつも、ごめんなさい」


 


 それは、謝罪の言葉。

 おそらく、半分意識がない状態だからこそ言える言葉。


 「いつも亜里沙に幸せをもたらしてくれて、ありがとうございます。でも、矢崎くんに迷惑をかけていないか、それだけが心配です…」


 「水瀬さん…」


 彼女の想いに気づいた時ー、






 『リア充タイマー』が100になった。

 


 ****



 「…あれ?」


 目を覚ました時、亜里沙は矢崎くんと試着室の中にいました。かなり時間が経ったように感じますが、不思議です。


 「目、覚めた?なんか1回爆発したみたい」


 「そうなったんですね…そういえば服は、あわっ!?」


 その時、自分が何を着てるか気付きました。大胆に露出したビキニ姿。


 「あわわわわ…」


 顔から火が噴き出るような恥ずかしさに襲い、両腕で体を覆いました。

 でも、我慢しなければなりません。


 桃倉さんがここを離れるまでは。


 でないと、矢崎くんに迷惑がかかってしまいます。


 「水瀬さん、恥ずかしがらなくても大丈夫だよ。さっきはごめんね」


 「え…?」


 「作戦変更だ。多分また桃倉さんがここに来る。適当にやり過ごすから、その間に着替えておいて。そしたら、ここを出よう」


 「は、はい…そうします」


 「それにね」


 矢崎くんは優しい笑顔を浮かべます。胸がまたどきりと音を立てました。


 「俺は、迷惑なんて思ってないよ。水瀬さんと仲良くなれて本当に楽しいし、これからも仲良くしたいと思ってるから」


 「矢崎くん…」


 「さ、ここをやり過ごして早くパンケーキを食べに行こう。じゃ、行ってくる!」


 「あ、ちょっと!」


 軽くウィンクをすると、彼は試着室のカーテンを閉めて去っていきました。




 「また、亜里沙の心の中に入り込まれちゃいました。ずるいです…」


 つぶやいた言葉は、彼の耳には入りませんでした。



 ****



 「うわわ!矢崎くん!?」


 試着室の前で待っていると、桃倉さんがやってきた。試着するらしい服を小脇に抱えている。


 ぴょこり。


 彼女はとても驚き、ツインテールが跳ねる音が聞こえた。


 「あわわ、の次はうわわ…?」

 

 「ん?なんか言った?」

 

 「ナンデモアリマセン。それよりなんでこんなところに?」


 「いや、なんとなく暇だから来たんだけど…良い服がなくってね。帰ろうとしてたところ」


 「そうなんだ!せっかく出会ったのに、もうお別れとは残念だね」


 よし。

 どうやら長居はしなさそうだ。


 このままやり過ごして水瀬さんと合流ー、




 「そうだ!」


 桃倉さんがぽんと目を叩く。




 「せっかくだから矢崎くんも付き合ってよ!」


 「…え?」


 

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