第17話 「あははははは…!」「うふふふふふふ…!」
「つーん…」
水瀬さんは俺と歩き始めるが、相変わらず顔を背けている。俺より早いスピードで歩くため、自然と背中を追いかける形となった。
「いやー、ごめんねさっきは。桃倉さんも色々あるみたいでさ」
「…つーん」
「もしかして、怒ってる?」
「…怒ってません」
どう考えても、水瀬さんは機嫌を損ねていた。
一難去ってまた一難。
これでは、パンケーキどころではない!
彼女の感情に反応してか、『リア充タイマー』の数値も『6』まで下がっている。
数値が下がることもあるというのは貴重な発見だが、今の状況の打開には役に立たなかった。
「む~…」
変な声を出してむくれている水瀬さんも可愛いが、このままではデートは失敗に終わってしまうだろう。
どうすればいいんだ!?
****
(あわわわわわ…どうしましょう。こんなはずじゃ)
落ち込んでいる矢崎君をみて、焦りが止まりません。
どうにか表情には出さずに我慢していますが、内心はドキドキです。
何とか矢崎くんと仲直りしなければなりません。亜里沙のために頑張ってくれたのですから。
でもー、
(矢崎君と仲良くしている桃倉さんを見て嫉妬しちゃったなんて言えない…!)
急いで着替えて試着室から顔を出した亜里沙は、見てしまったのです。
桃倉さんに引きずられている矢崎くん。
桃倉さんが新しい服を披露するのを見て楽しそうにする矢崎くん。
別れ際、なごりおしそうにする桃倉さんと矢崎くん。
「や、矢崎君が取られちゃいましゅ…!」
ああ、矢崎くん。
なぜあなたは矢崎くんなんですか。
亜里沙の心をかき乱して、離してくれません。
最後には戻ってきてくれましたが、それまで心臓はハラハラドキドキ。
「ほっ…」
安堵のため息をもらしましたが、何故か素直な気持ちを伝えられず、不機嫌になってしまいました。
どうすれば良いのでしょう!?
いや、矢崎君のように語尾を強調すれば良いというものではありません。
何とか仲直りしなくては…
****
「その…」
暗澹たる気持ちで歩いていると、水瀬さんが立ち止まった。背中がぷるぷると震えてる。
「矢崎くん…」
そして、こちらをゆっくりと振り返った。
もじもじとして瞳を泳がせていたが、意を決したようにこちらに歩み寄る。
(もしかして、叩かれる!?そして振られる!?)
思い出すのは幼馴染に振られた時のトラウマ。
覚悟し目を閉じるがー、
ぽふん。
右腕に伝わる柔らかい感触。
水瀬さんが抱きついてきたのだ。俺の腕にしがみついて、離れようとしない。
「さっきは、ありがとうございます…」
静かな声で彼女が語りかける。『リア充タイマー』が『48』まで増えた。
「こんな、こんな呪いをかけられた亜里沙を受け入れてくれて、助けてくれて…」
「水瀬さん…」
「でも、さっき矢崎くんが遠くに行ってしまうじゃないかって思って、素直になれませんでした」
どうやら、怒ってはいないらしい。
逆に申し訳なさそうにしている。
「大丈夫だよ、水瀬さん」
さらさらとした銀髪をたくわえた頭を優しくなでた。
「く、くすぐったいです…ふふふ」
「俺も怒ってないし、安心してる」
「はい。亜里沙も安心してます」
少し恥ずかしがっているが、緊張もほぐれたようだ。おずおずと腕に抱きついていたのが、少しずつ緊張がほぐれ、リラックスしたものになる。
”氷のナイフ”ではなく、寂しがり屋でよくあわあわする水瀬さんの姿だ。
彼女を笑顔にできるのは、今のところ俺しかいない。
だから頑張る、いや、違うな。
今の状況を楽しくしていかないと。
「さ、いよいよパンケーキ屋だね」
「はい!」
「なんならお店まで競争だ!」
「亜里沙も負けませんよ!」
もはや俺たち2人を阻むものは何一つない。
このまま、共通の目標に向かって突き進むのだ。
つまり、リア充になる夢を!
「あははははは…!」
「うふふふふふふ…!」
ショッピングモールの中を全力で走り切る、俺と水瀬さん。
「水瀬さん!調子に乗りすぎて『リア充タイマー』が100になりそう!」
「今だけは大丈夫です!このまま、爆発しましょう!」
「そうだね!」
おそらく周囲の人間からは奇異の目で見られているだろうが、構いはしない。俺と水瀬さんだけが知る楽しさと喜びを、今は共有している。
というわけで、あっさり『リア充タイマー』の数値は『100』となった。
「あはははは…!」
爆発で吹っ飛ばされても、俺は調子に乗っていた。
多分、どこかで水瀬さんも調子に乗っているはずだ。
****
「おにいちゃん!あれがぱんけーきやです」
「わーほんとだー。いくぞいもうとよ」
「はーい」
クールダウンした後、最初のように偽の兄妹を装って、俺たちはたどり着いた。
本日の最終目標にして水瀬さんの夢を実現する場所。
おしゃれな外観に女性客やカップルが大挙して集うリア充空間。
パンケーキ店『ポアンカレ』である。
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