第13話 お兄ちゃん…にゃん♪
「パンケーキ屋に行きたいんだったね」
「はい。駅のすぐ近くに最近オープンしたんですけど、亜里沙1人じゃ行くのは怖くて…その前にショッピングモールで洋服屋さんとかも見て行きたいです」
「じゃあ、とりあえず駅まで行こっか」
「はい!」
俺たちは水瀬さんの家から歩き出した。外は春のうららかな陽気に包まれており、歩くだけで心地よい。
「この辺りは人もまばらなルートだから、あまり人目を気にせず歩けるはずだよ」
「事前に調べてくれたんですか?」
「水瀬さんも楽かなって思って、迷惑だった?」
「いえ、そんなことないです。とても、嬉しいです!休日に外を歩くのって、こんなに楽しかったんですね」
楽しそうに歩いていく水瀬さんだったが、途中で立ち止まる。
「その…」
「どうしたの?」
「せっかくなので、ここでお願いを聞いてもらいたいんです」
「というと、『手を繋ぐ』かな」
「はい」
おずおずと水瀬さんが手を伸ばす。雪のように白く透明で、強く握ると折れてしまうのではと思えるほど繊細な指。
「今なら誰にも見られないでしょうし、いいですよね?」
「もちろん」
「じゃあ、お願いします…」
正直かなりドキドキしたが、それをおくびにも出さず、水瀬さんと手を繋ぐ。
砂糖菓子のように柔らかくふんわりとした感触に包まれた。
「ひゃんっ…」
「えーと、変な所触ってないよね」
「だ、大丈夫です。そのまま続けてください」
「じゃあ、そのままって、水瀬さん!?」
「亜里沙も、お返し、です…」
顔を赤らめながらもにっこり笑った水瀬さんが、繋いだ手の指を絡めてくる。びっくりして抜けようとしたが、するすると入り込まれてあっという間に指同士が繋がった。
これが、恋人繋ぎ…!
「あったかい…これが、男の人の指なんですね。あれ?どうしたんですか矢崎くん、顔が真っ赤ですよ?」
少しリードできたのが嬉しいのか、水瀬さんが少しからかうような笑顔を浮かべる。
「ソ、ソンナコトハナイヨ?」
「ふふふ、可愛い」
「い、一度手を解かないか?何か緊張してー」
「だーめ。このまま駅までずっと一緒です」
『このバカップルめ!』と言わんばかりに『リア充タイマー』が『3』から『25』になったが、俺たちはひるまない。
「ふっ、水瀬さんには敵わないや」
「こんなことするのは、矢崎くんの前だけです♪」
互いの手を握りながら、俺たちは目的地へと向かうのだった。
****
そのまま10分ほど歩くと、駅が見えてきた。ショッピングモールへの直通路を備える平凡な地方駅の『西方町駅』だ。いつもはそこまで人通りが多くないが、今日は心なしかカップル連れが多い気がする。
例の人気パンケーキ店に向かう人たちなのだろうか。向かうのは少し後になるが。
いずれにせよ、俺たちがカップルであることを行き交う人々に悟られてはいけない。その瞬間『リア充ポイント』が100になって爆発するだろう。
「と言うわけで、ここから先のことを考えないと行けないね」
とある街路樹に2人で隠れながら、俺と水瀬さんは作戦会議を開始した。
「む〜…せっかく手を繋いだのを続けたいのですが、難しいかもしれませんね…」
「普通ならね」
念のため確認しておくが、現在の水瀬さんの服装は赤いドレスに身を纏ったロリータ・ファッションである。
俺がハーフ系ロリータ・ファッション美少女と仲良く連れ添っているところを見られればどのようになるか、火を見るよりも明らかだ。
リア充すぎて、爆発しまくりでデートではなくなってしまう!
「なんとかこのままで行きたいのですが…しゅん」
水瀬さんは残念そうな声を出す。
「大丈夫だ!」
「え?」
この程度の事態は想定済みである。準備してきたのは服装だけではない。
「俺に良い考えがある!」
****
「じゃあ、作戦通りに…」
「は、はい」
作戦に沿って、俺たちは歩き始める。手はつないだままだ。
当然、道ゆく人たちに見られる。
「見て、すごく可愛い〜!」
「手を繋いでるし、カップルなのかな?」
「でも、彼氏の方はそんなイケメンじゃなくない?」
知っとるわ!
放っておいてくれ!
などと突っ込むわけにも行かず、ドギマギしながら水瀬さんと駅に近づいていった。
「ううう…恥ずかしい」
「落ち着いて、変に焦ると怪しまれる」
当然ながら、『リア充タイマー』は上がっていく。駅にたどり着くまで100をとうに超えるだろう。
「さ、そろそろ作戦を実行しよう」
「は、はい。がんばりましゅ…」
水瀬さんは羞恥を振り払い、こちらに向けて可愛く振り返った。フリルのドレスをはためかせ、猫のように手を丸め、少しあざとい上目遣いの表情を浮かべる。
「行きましょ!お兄ちゃん…にゃん♪」
道ゆく人たちは、それを聞いて納得したような声を上げた。
「「「なんだ、兄妹か…」」」
途端に興味を失い、俺たちの周りから去っていく。
「ややや矢崎くん!?本当にこれで大丈夫なのですが!?亜里沙はからかわれてるような気がするのです!」
「大丈夫さ、ほら見て」
「え…?」
『リア充タイマー』の数値は『46』で止まっていた。
「ふっ…兄妹が手を繋いだり仲良くしたりしても、それは家族愛であってリア充ではない。俺の読み通りだった」
「本当だ。矢崎くん、じゃなかった、お兄ちゃんしゅごい…」
「さあ、今のうちに洋服店に行こう。もうすぐだ」
「はい!」
『リア充タイマー』など恐るるに足らず!
「すごい、服がいっぱいあります…!」
駅前のショッピングモール『オゾンモール西方』の2階。
ファッション店が立ち並ぶエリアにたどり着いた水瀬さんの第一声は微笑ましいものであった。
「これ、全部買ってもいいんですか?」
「全部買うのはお財布的に厳しいけど、試着したり見ることはできるよ」
「じゃあ、早速行きましょう!お兄ちゃん!」
「み、水瀬さん!?」
腕をぐいっと掴まれ、ロリータ・ファッションの彼女とショッピングモールを走っていった。
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