第9話 ちょっとコンビニ行ってくる!
「と、ともかく合格なら俺も嬉しいよ」
「はい!矢崎くんは亜里沙にとってヒーローです!」
願いが叶えられて嬉しかったのか、水瀬さんは朗らかな笑顔を浮かべる。
俺の心の中の氷、振られた時の苦しさや悲しみも溶かしてくれる笑顔だ。本当に助けられているのは、自分なのかもしれない。
「おっと。もう17時か。今日はこれぐらいにする?」
水瀬さんに提案すると、彼女は首を横に振った。
「いえ、その…この勢いでもう1つぐらい体験してみたくて…」
「もう1つ?」
そういえばノートに5つぐらい書いてあったな。5つもあるし、今日中にもう1つ達成したというのもおかしくない話か。
「確か1番目は…”手をつなぐ”だったよね」
「でも、高橋さんの時に一緒に腕を組みましたし、少し新鮮味がないかもしれません」
「まあそう言われると。じゃあ後は何だっけ?」
「ええとですね」
水瀬さんは『リア充ノート』を開いた。
「一緒にお出かけする 4.おいしいパンケーキを食べる 5.キスをするが残ってます」
「3と4はここでは達成できないか」
「そうですね。じゃあ残り1つを達成しませんか?」
「分かった…ん?」
「どうかしましたか?」
「残り1つ…"キスをする"なんだけど」
「…ふえ!?」
「ご、ごめん!でもこれしか残ってなくて」
「あわわわわ…そう言えば書いてました。矢崎くんときしゅ…」
「あ、そういえばもう水瀬さんとはその、キスしてるじゃん!階段で落ちた時!あれで達成でしょ!」
「〜〜〜!あ、あれはノーカウントです!」
「ノーカウント!?なんか悲しい!」
「亜里沙も準備ができてませんでしたし、一瞬すぎてよく覚えてませんし、それに…」
水瀬さんはノートを広げる。
『ロマンチックなキスがしたい』と銘打たれたページには、満点の星空の下でキスをするカップルが描かれている。
ーお前を一生、離さない。
ー私も、あなたさまのおそばを終生離れません。
相変わらず少しセリフが古いが、なんとなく水瀬さんの言いたいことは分かる。
「なるほど。キスをする時は、ムードや雰囲気が大事だと言いたいわけか」
「しゅ、しゅみません。わがまま言って」
「いや、確かに言う通りだ」
俺だって遠藤さんに告白するときはムード満点の時間と場所を選んだ。水瀬さんだって当然そうしたいと願うに違いない。
しかし。
「で、でも俺でいいの?こんなこと言うのもあれだけどさ」
流石に、少し躊躇してしまう。
「元々誰かにモテるような性格とかルックスじゃないし、幼馴染には振られるし、それがトラウマでこじらせたひねくれた性格だし…って自分で何言ってるんだ」
水瀬さんに笑われる。
そう覚悟したけど、彼女は笑っていなかった。
「…亜里沙は嫌じゃないですよ?」
「え?」
「矢崎くんには、今まで色んなことをしてもらいました。亜里沙が勇気を持って前に進めるのは、矢崎くんのおかげです」
頬に朱色が差し、瞳が少し潤んでいる。
ふとそんな自分に気づいたのか、ノートを両腕で握りしめ、顔を半分隠した。
でも、俺の目はしっかりみている。
「そ、それとも…矢崎くんは、亜里沙とキスするのが嫌、ですか?」
ああ。
そんな殺し文句を水瀬さんに言われたら、逆らえるわけがない。
水瀬さんは、それほどまでに魅力的なのだ。
「…嫌じゃ、ないです。いや、すごく嬉しいです」
「あわわ…でも、亜里沙も嬉しい」
ここまで来たら、2人を阻むものは何もない。
水瀬さんは瞳を閉じ、口を少し細める。
俺は身をかがめ、彼女と目線を合わせる。
「…」
桜色の形の良い唇が、そこにはあった。
あとはそこに自分の唇をー、
『100』
その時、視界の端にとあるものが映る。
『リア充タイマー』だ。
「「あ」」
すっかり忘れてた存在を思い出し、2人で声を上げる。
爆発。
いつもより激しい。
宇宙まで行きそうだ。
「そりゃキスはリア充ポイント高めだよねぇぇぇぇぇぇぇえ…!」
吹き飛ばされながら、とあることを考えていた。
もしかして、キスって難しい?
****
「しゅん…」
時刻はいまだ17時。
何度かの試行錯誤が失敗に終わった後、水瀬さんは口から魂が抜けるような音を出した。
「大丈夫?」
「はい。でも、悲しいです」
『リア充タイマー』の数値は『0』となっている。
この数値を見るのはすでに5度目だ。
何度リセットしても、キスをしようとすれば一瞬で『100』となってしまう。
「やっぱり、キスはダメですね。亜里沙から言っておきながら、情けない」
「いや、水瀬さんのせいじゃなないさ!ね?」
「…しゅん」
「…Oh、こりゃダメだ」
「るーるるー、亜里沙はダメな子、非リアな子…」
遂には変な創作ソングまで歌い始めた。カバンに『リア充ノート』を入れ、帰り支度を始める。
このまままじゃ悔しい。
なんとかして、ラブコメの神様とやらに一矢報いる方法はないのだろうか。
いくつかの案を検討し、その中の1つを選び取る。
「待って水瀬さん。まだ諦めるのは早い」
「…でも」
「せめて、もっと可能性を探りたいんだ水瀬さんと」
「可能性、ですか?」
「ああ。ちょっとここで待っててくれ」
俺は図書室の扉を開けた。
「ちょっとコンビニ行ってくる!」
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