第6話 壁ドンしてください!
「どうだった矢崎君。”氷のナイフ”の本音は聞き出せた?」
次の日。
いつものように登校すると、教室で桃倉さんに呼び止められた。
そう言えば、水瀬さんの居場所を教えてもらっていたな。
「いやそれがさあ」
おおげさに頭をかき、恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「こっぴどく振られちゃったよ~」
「そうなの?」
「うん。やっぱ、俺はリア充にはなれないなあ。ははは…」
「…なんか怪しい」
「ん?」
予想に反し、桃倉さんはジト目で俺を見つめてくる。彼女のこういう表情は初めてみた。
「だって、矢崎くん男の顔してる」
「なんだよそれ!?」
「アタシには分かるよ?昨日の矢崎くんとは一味違う。何か試練を乗り越えた男の顔。トラムを振り払い、誰かを助けることを誓った…そんな表情だね」
「ハハハマサカ。オレハタダノインキャダヨ?」
女性の勘…恐ろしい!
「おはよ~、昨日は残念だったね…ってどうしたの倫太郎。桃倉さんと一緒なんて珍しいね 」
間の悪いことに、義人も乱入してきた。俺と桃倉さんを見てしばし考え込んだ後、腕をぽんと叩く。
「まさか、ついに倫太郎にも春が!?しかもクラス1のマドンナ桃倉さんと結ばれるなんて!」
「バカ!話しをひっかきまわすなよ」
「倫太郎はワシが育てた!」
「オーケー、後で表に出ろ。ごめんね桃倉さん。義人は悪い奴じゃ…」
「矢崎くん…結ばれる…」
「ん?」
桃倉さんの方を見てみると、顔を赤くして、ぼんやりとした表情を浮かべている。
風邪でも引いたのだろうか。
「どうかした?」
「え?あ、うん。なんでもないよ。なんでもない」
慌てたように両手を振り、自分の席に戻っていく。
「何かあったら、いつでもアタシが悩み聞くからね。それじゃ!」
「あ、ああ」
乙女心とは分からないものだ。
「おはようございます」
その時、水瀬さんも教室に入ってきた。いつも通り、"氷のナイフ"と呼ばれる無表情と無感情な声を貫いている。
頭上の『リア充タイマー』は『6』を示している。
俺の横も何事もなかったかのように通り過ぎ、自分の席に着席した。
「そろそろ自分の席に戻るぞ赤月」
「ま、あまり気を落とさずにね」
赤月が自分の席に戻っていくのを確認し、俺も自分の席に戻った。丁度水瀬さんの隣の席だが、話し合うことはない。
「…」
ふと、水瀬さんが自分のスマホを取り出し、慣れない手つきで操作し始めた。フリック操作に慣れてないのか、人差し指をプルプルと震わせ、一つずつ文字を打っていく。
可愛い。
ピコン、と自分のスマホが鳴った音を聞こえたので開いてみる。
ーおはようございます、矢崎くん。ききき今日はいい天気ですね。
チャットアプリMINEに通知が来ていた。文字だけの素朴なメッセージ。
水瀬さんからだ。
ーおはよう!いい天気だね。MINEには慣れた?
ーはい。あ、文字を打ち間違えました…
ー最初はみんなそんなものだよ。
ーそ、そうですね。この会話だと、あまり『リア充タイマー』の数値も増えませんし。
ー少しずつ慣れていこう!
力こぶのスタンプと共に応援すると、ふふ、とかすかに笑い声が聞こえた。
ーはい。
雪だるまのキャラクターが手を振るスタンプが、返答として返ってくる。
俺と水瀬さんの関係は、みんなには内緒なのだ。
****
「ありがとうございます、わざわざ付き合ってくれて」
「気にしないで。俺も赤月としかMINEしたことなかったし、良い練習になったからさ」
放課後。
授業も終わり、俺と水瀬さんは図書室で落ち合った。
彼女の頭上に浮かぶ『リア充タイマー』のポイントは『12』となっていた。
よし、あまり増えてない。
「こんな方法でおしゃべりする方法があるなんて、亜里沙知りませんでした」
「まあ、技術の進歩は著しいからね」
MINEでの対話だと『リア充』ポイントはあまり増えない。
昨日連絡先を交換してみて、何度かやり取りをした際に発見したポイントだ。
対面での会話をするのがリア充である!と神さまは言いたいらしい。
分からないでもないが、それを利用して裏をかく作戦だ。
「MINEでの会話がOKなら、水瀬さんも友達を作れるかもしれない。これは大きな発見だ」
「と、友達でしゅか!?」
「もちろん。水瀬さんだって友人を持ちたいと思うでしょ?」
「それは、そうですけど…今は矢崎くんと…」
「うん?」
「な、なななんでもありません」
…なんだかデジャビュを感じるなこのやり取り。どこでだっけ。
「こほん。で、今日は何をしようか?」
『夕方に相談したいことがあります』とMINEが来たので、赤木は先に帰らせてここに来た。あいつにはいつか埋め合わせをしてやろう。
とにかく、今日は水瀬さんの願いを聞き届けなければならない。
「そ、その…あのですね」
彼女は両腕に抱えた『塩対応ノート』改め『リア充ノート』を握りしめ、あわあわしながら叫んだ。
「か、壁ドンしてください!」
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