第5話 俺が、力になるよ

「彼女から離れろ!」


 俺は水瀬さんの前に出て、高橋の前に立ち塞がった。『リア充タイマー』に目をやると、数値が『22』となっている。


 『100』になる前にケリを付けなくてはならない。


 「あん?なんだよ?」


 「水瀬さんはあなたの彼女にはなりません。付きまとうのはやめてください」


 「いやいやいや…僕の告白を断るわけないでしょ」


 「いや、水瀬さんはあなたの告白をもう16回も断りました」


 「はあ?わけわからないこと言ってんじゃねえぞ!」


 「わけが分からないかもしれませんが事実です。というかすでに彼女いるじゃないですか。浮気は良くないですよ」


 「ちょ、なんでそれを…この野郎~!」


 高橋はすごみ、俺に顔を近づける。サッカー部の鍛えあげられた肉体で殴りかかられたら、中学の頃アニメ研究会に属してた俺ではひとたまりもないだろう。


 でも、引かない。


 水瀬さんの事情を知った以上は。


 「さっきから何なんだよ!」


 怒り狂った高橋が、こちらの読み通りの発言を行った。


 「お前は水瀬さんの何だ!?」


 「…分かりました。言いましょう」

 


 水瀬さんを救い出す一歩。

 ループから抜け出すための戦いが今始まる。



 「俺は、水瀬さんの彼氏です!」



  ****



 「俺は、水瀬さんの彼氏です!彼女が大好きで、守ってあげたいと思っています!」


 そう叫んだ時の矢崎くんはとても男らしくて、かっこよかった。関係ないはずの私を助けようとしてくれている。


 その気持ちに、応えなくちゃ。

 

 「あわわ…」


 口から漏れた弱気な言葉を、頭をぶんぶんと振って振り断ち切る。矢崎くんの腕をつかみ、精一杯声を上げた。


 「わわわ私は矢崎くんの彼氏です!付き合ってましゅ…付き合ってます!」


 『リア充タイマー』の数値は『45』になっていた。すぐに『46』になり、次は『50』。どんどん増えていく。このまま『100』になったら、またリセットされてしまう。


 「私も…私も…」


 神さま。






 今だけは、私がリア充になることを許してください。


 「矢崎くんのことが大好きです!邪魔しないでくだひゃい!」


 

 ****



 「な、何~~~!?」


 高橋は驚愕し、後ずさった。


 「ただのモブ陰キャが、水瀬さんと彼氏だと…そ、そんな…」


 「もういいでしょう。これ以上彼女に付きまとうなら、あなたの浮気をみんなにばらしますよ!」


 「ひ、ひいいいいい!それだけはやめてえええええ!」


 あっさりと背を向け、情けないサッカー部員は教室から遁走した。これで、水瀬さんに絡んでくることはないだろう。


 「…」


 俺はちらりと『リア充タイマー』をちらりと見た。

 数字は…『98』。なんとかセーフだ。


 「は、恥ずかしかったあ…」


 水瀬さんがふっと体の力を抜き、こちらに倒れこんでくる。それを支えながら椅子に座ると、脚に柔らかい太ももの感触を感じた。


 美少女が無防備な背中をこちらに預けている…やばい!


 「…矢崎くん?どうしたんですか?怖い顔をして」


 「ななななんでもないよ!そのままじっとしてて、爆発したらまたリセットされるから。どれぐらい経過した大丈夫なの?」


 「3分…いえ、5分以上経過したら、大丈夫なはず…でしゅ」


 「じゃあ、このままで」


 水瀬さんはこくりとうなずき、沈黙が流れた。水瀬さんがどくん、どくんという鼓動を感じる。俺も心臓がバクバクとしていたが、表向きは平静を装った。

 

 沈黙が教室を支配する。


 「ふふふ」


 ふと、水瀬さんが笑った。


 「どうしたの?」


 「いえ。こうやって誰かの体温を感じるのは久しぶりだなと思ったんです。ずっと、一人ぼっちでしたから」


 「…」


 改めて思うと、彼女の状況には同情してしまう。いくら病気を治すためだからといって、誰とも仲良くできない環境に置かれるのは残酷だ。青春の真っただ中というのに。


 「俺が、力になるよ」


 自分が人生で言うはずのなかった言葉。


 顔が赤くなるのを感じながらも、きちんと伝える。


 「タイマーが爆発しなければ、リセットされないんだろ?もし爆発しない方法を見つければ、友人だって作れるはずだ。一緒に研究しよう」


 「…あなただけが頼りです」


 水瀬さんが立ち上がり、俺の膝から離れる。くるりとこちらに向き直り、どぎまぎした表情で見つめてきた。


 「も、もう大丈夫です。爆発しても、高橋さんはフラれた記憶を保持してるはずです」


 「分かるのかい?」


 「呪いですけど、付き合いは長いですから」


 「よかった。これで一歩前進だね」


 「その…」


 「うん?」


 小脇に抱えていたノートで真っ赤な顔を半分隠し、俺に問いかけてくる。


 「これからも、亜里沙をリア充にしてくれますか…?」


 もちろん、答えは1つだ。


 「もちろんさ!これからもよろしくね!」


 「お、お願いしまひゅ!」


 昼下がりの教室で、俺と水瀬さんは特別な関係となった。







 タイマーが『100』となる。

 再びの、爆発。


 「ですよねええええええええええ!」


 「ご、ごめんなさいいいいいい!」


 再び強烈な爆風で吹き飛ばされながらも、俺と水瀬さんは笑顔だった。

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