第4話 ラブコメのヒロインになることじゃ!

「神さま、一つだけおねがいがあります」


 今から5年前、亜里沙は病院のベッドで、お人形さんにお願いをしました。

 ロシア人のお父さんが授けてくれた、伝統的な衣装に身をまとった顔のない人形、ベレギーニャにです。


 「ありさに、丈夫な体をさずけてください…」


 物心付いた時から病弱だった私は入退院を繰り返しており、学校も休みがち。一生このままなのかと思うと、夜も眠れません。


 手を合わせて、お願いするほかありませんでした。

 

 「丈夫な体が欲しいのかえ?」


 その時、頭の中で、優しそうなおじさんの声が響きます。


 「え…?」


 「わしは神さまじゃ。そこまで願うなら、丈夫な体を授けてやってもよいぞ?」


 「ほ、本当ですか?」


 わらをもすがる思いでしたが、今思えば、きっとそれが良くなかったのだと思います。


 「ああ。ただし条件がある。奇跡の力を無条件、というわけにはいかんからの」


 「何でも聞きます!」


 「何でも、とな?」


 「はい。どんな条件ですか?」


 「おお、話が早い。それはな…」


 神さまは愉快そうにくくく、と笑いました。






 「ラブコメのヒロインになることじゃ!男子を寄せ付けぬ高嶺の花たかねのはな、すなわちアイドル偶像!」


 ベレギーニャがぽん、と煙に包まれ、ハート形のタイマーに変わります。


 「これ、一体…」

 

 「お主をアイドルにするための枷じゃ。心配するな、解く方法もある…」


 頭の中の声が遠ざかっていくのを感じながら、亜里沙は意識を失いました。




 その日から、亜里沙には丈夫な体と引き換えに、呪いがかけられています。

 誰かと親しくなったり、関係を深めようとすると、リセットされてしまう呪いに。



 ****



 「あわ…?」


 「大丈夫?あ、ごめん。急に倒れたからびっくりして」


 腕の中で水瀬さんが目を覚ましたので、少し力をゆるめる。


 西洋人形のような美しい寝顔を見てドギマギしていたのは内緒だ。


 「立てる?」


 「は、はい」


 ゆっくりと彼女が上体を起こすと、ふんわりとした香りが鼻腔をくすぐった。


 頭上のタイマーは『16』に増えている。倒れそうになった水瀬さんを抱き抱えた瞬間増えたので、そう言うことらしい。


 「はあ…」


 落ち着いた水瀬さんは、そばに落ちていたノートを拾い、ため息をついた。

 頬が再びほんのりピンクに染まる。


 「矢崎くんに、亜里沙の秘密を知られちゃいました。恥ずかしいです」


 「ごめん。詮索する気はなかったんだけど」


 「いえ、私を助けるためですからね。でもなんでノートの内容まで分かったんですか?」


 「それはその…図書室で覗いちゃって」


 「訂正します。やっぱり矢崎くんは悪い人です」


 「ごごごごめん!風でページがめくられてさ。罰は受けるから!」


 「ふふふ。冗談です。矢崎くんは、盗み見するような人じゃないと分かります」


 俺が慌てる姿を見て微笑む水瀬さんだったが、不意に寂しそうな表情を浮かべた。


 「矢崎くん。亜里沙に近づいたらいけません。あなたを不幸にしてしまいます」


 「その、えーと、『リア充タイマー』のこと?」


 「…そうです」


 水瀬さんは、それまでの経緯について話し始めた。


 神さまに病弱な体を治してもらう代わりに、『リア充タイマー』の呪いをかけられたこと。


 友達や恋人につながるあらゆる行動が加算され、タイマーの数値、すなわち『リア充ポイント』が『100』になるとリセットされること。


 いつしか自分の心を閉ざし、"氷のナイフ"として生きてきたこと。


 「だから、亜里沙のことは忘れてください」

 

 水瀬さんはそこまで言うと、再び表情が氷のようになっていく。


 "氷のナイフ"としての生き方に戻り、孤高を貫くつもりだろう。

 誰かを呪いに巻き込まないために。

  


 ****



 「それは、できない」


 でも、放っては置けなかった。


 「なにも悪いことをしてないのに恋人や友人を作れないなんて、そんな悲しいことはないよ。水瀬さんには、俺と違ってリア充になる権利があるはずだ」


 「矢崎くん…」


 「俺で良かったら、君の呪いを解く手伝いをさせて欲しい。その後、そのいけすかない神さまを一緒にとっちめよう!」


 「でも…」


 目をそらし、迷いの表情を浮かべる水瀬さん。さらに説得しようと口を開きかける。




 「ここにいたんだね!マイスイートハニー!」


 だが、教室に乱入してきた不届き者にさえぎられた。

 3年生のサッカー部兼浮気者。


 この前、水瀬さんにこっぴどく振られた高橋だ。


 「今日こそ告白を受けてもらうよ!そこのモブキャラとじゃなくて、リア充である僕と青春を楽しもうじゃないか!」


 「はあ。またですか…」


 瞬時に"氷のナイフ"へと逆戻りした水瀬さんがため息を付く。


 「また?」


 「この人にはもう16回も告白されてるんです」


 「そんなに!?」


 「しつこく迫られるとすぐポイントが溜まってしまうんです。爆発したら数分間の記憶がリセットされますから、何度も何度も…」


 「だから、この前はあんなに冷たかったのね」


 「そこのモブキャラと何をこそこそ話してるんだい!?」


 高橋のイラついた声が教室に響く。


 「今日こそ返事を聞かせてもらうよ!もちろん、答えはもう決まってるだろうけどねぇ」


 いやらしく舌なめずりをしており、水瀬さんだけでなく俺も不愉快だ。


 「ふざけないでください!誰があなたとなんか…」

 

 「待って水瀬さん。良い方法がある」


 同じ行動を繰り返す高橋を止めるには、ただ断るだけじゃだめだ。

 彼の欲望を元から断つ必要がある。


 「そのためには…」


 水瀬さんの耳元に口を近づけ、作戦を話した。




 「ふえっ!?」


 彼女は驚きの声を上げ、硬直してしまう。

  

 「あわわわわ…そんなこと…」


 「あくまでフリだけどね。それが1番確実だ。どうかな」 


 「…」


 伏し目がちになり、銀色の髪を落ち着かなく触る。


 「わ、分かりました。やってみましゅ…みます」


 だが、すぐに決意して俺の提案に従うのだった。

 

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