第3話 キスした仲だからね!
「水瀬さんがどこでご飯を食べてるかって?」
次の日の昼。
水瀬さんと話す機会を設けようとしたが、彼女の姿は教室になかった。心当たりもないため、とある人物に聞いてみることにする。
今時の学生よろしく制服を大胆に着崩した、ギャル風の少女である。
「ああ。ちょっと込み入った話があってさ」
「ふ~ん…矢崎くんが水瀬さんを探してるなんて、なんだか面白いね。告白でもするの?」
「それだけは違うと言っておく!知らなかったらいいんだけど、桃倉さん何か知らない?」
「麻衣でいいよ。アタシと矢崎君、中学校同じじゃん?」
「ま、まあそうだけど」
くだけた口調と共にいたずらっ子のような笑みを浮かべ、ツインテールがぴょこりと跳ねた。にかっと口角を上げると、綺麗な八重歯が良く見える。
どこか人を食ったような表情と言い、小悪魔的な印象を与える容姿だ。
1年3組の女子で一番の人気を誇る、水瀬さんに負けない美少女。
桃倉麻衣である。
「ここだけの話、1年4組の教室でご飯食べるのを良く見るかな~」
「今は空き教室のところで?」
「そ。もちろん何度か誘ってはいるけど、なかなかガードが固くってさ。人と接するのが嫌みたい」
水瀬さんが北風とするなら、彼女はさしずめ太陽だ。胸の大きさはやや小さめだが、その均整のとれたスレンダーな肢体は女子に人気だ。
誰にでもフレンドリーで分け隔てなく声をかけるので、友人や仲の良い人にはまったく困らない真のリア充だ。
…というわけで、小学校から中学校まで一緒でも、オタク気質の俺とさほど絡みはない。進む方向は同じでも、交わらない平行線なのである。
「ありがとう。さっそく行ってみるよ」
「あ、あのさ」
「ん?」
「いや、何でもない。アタシ応援してるね!」
桃倉さんは、いつもと同じにかっとした笑みを浮かべていた。
****
「はむ」
桃倉さんの情報通り、水瀬さんは空き教室にいた。1つだけ置かれた机にピンク色のお弁当箱を広げ、タコさんウィンナーを口にする。
「おいしい。流石お母さん」
誰もいない室内に、水瀬さんの小さな喜びの声が響いた。幸せそうな表情を浮かべ、おかずとご飯を口にするが、やがてその表情に影が差す。
「でも、1人で食べるのは寂しい…」
ため息を付きながら、黙々と食事を続けた。頭上のハート型タイマー、昨日『リア充タイマー』と名付けた物体は相変わらず健在で、数字は『006』となっている。
俺の推測が正しければ、水瀬さんは相変わらず孤高を貫いているらしい。
「水瀬さん。今時間ある?」
「あわっ!?や、矢崎くん?」
なかなか気づかれないので、自分から声をかけた。びくり、と水瀬さんが身を震わせ、目を大きく見開く。
しかし、そこは"氷のナイフ"と呼ばれるほどの人物である。すぐに落ち着きを取り戻し、すっと冷たい表情に戻った。
「なんですか。驚かせないでください」
「ごめん。そんなつもりはなかったんだけどさ」
「告白ならお断りですよ。恋愛に興味ありませんし、友達もいりません」
「本当に?」
「ほ、本当です」
急に水瀬さんの顔が赤くなる。
何かを思い出しているようだ。
机の中に置いていたノートを取り出し、両腕でぎゅっと抱きしめる。
「リ、リア充なんてこれっぽちも興味ありませんからね…ほ、本当ですよ?」
頬を膨らませ、ノートで顔の半分を隠し、上目遣いのジト目でこちらを見つめた。
可愛い。
いや、それは一旦おいておこう。
問題はどう話を切り出すかだ。
もしかしたら拒絶されるかもしれない。
はぐらかされるかもしれない。
ーごっめーん。あたしもう彼氏いるの!
過去のトラウマも、まだ引きずってる。
(それでも、放ってはおけないな)
恐らく俺だけが知ってる水瀬さんの秘密と想い。知った以上は、助けになってあげたい。
「よ、用がないなら帰ります。付いてきたらダメですからね」
てきぱきとお弁当を片付け、去ろうとする水瀬さんを見て、俺は決心した。
男矢崎倫太郎、ここは正攻法でいかせてもらう。
****
「水瀬さん。単刀直入に言うが、俺は全て見えてるし、覚えてる」
「え?」
「君はリア充になると、頭上に浮かぶハート型のタイマーが爆発するんだ!そうすると時間が少し巻き戻り、リア充になった体験がなかったことになる!」
「あわっ!?どうして『リア充タイマー』のことを…」
水瀬さんは音もなく浮かぶ『リア充タイマー』に触れる。俺だけに見える幻ではないようだ。
「だから正直になれないけど、本当は恋人や友達を作りたい!だからノートには毎日『リア充になったらやりたいこと』を書き込んでる!」
「あわわわわ…!矢崎君は、エスパーなんですか?」
いつもは真っ白な肌は耳までピンク色に染まり、目はぐるぐる、唇は『はわわ』。
”氷のナイフ”と呼ばれた姿はどこにもない。
俺だけが知っている、水瀬さんの本当の姿。
「どうしてこんな現象が起きるのか、何故俺だけが気付くのか、詳しいことは分からない。でも、君を放っておけないよ」
「ど、どうしてですか?」
恥ずかしさのあまり涙目になっている水瀬さんが、俺に問いかける。
「亜里沙と矢崎君には何の関係もありません。私を助ける理由なんて…」
「いいや、理由ならある」
思い浮かぶのは、甘くて柔らかい青春の味。
「俺と水瀬さんは、キスした仲だからね!男として、何もしないわけにはいかないよ!」
「…~~~~~!」
「ま、たまたまぶつかっただけだけど…って水瀬さん!?」
「ふにゅ~~~~~」
限界を超えた水瀬さんが、屋上の床に崩れ落ちようとする。慌てて抱きかかると、ふんわりとした感触が両腕にかかる。
柔らけえ…
「あわわ、あわ…」
こうして、死闘(?)を経て水瀬さんを陥落させることに成功するのであった。
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