第2話 シュールだなあ

 「遠藤さん。ずっと前から好きでした!」


 人生で一度しかない中学校の卒業式。

 俺、すなわち矢崎倫太郎は、小学校からの幼馴染である遠藤愛香えんどうあいかに告白をした。


 「よかったら、俺と付き合ってください!」


 「矢崎君…」


 黒いロングヘアをなびかせ、幼馴染は顔を赤らめる。感触は悪くない。

 

 (努力した甲斐があった…!)


 オタクライフを満喫してきた陰キャの俺も、今までないぐらいに努力をしてきたつもりだ。


 たるみがちだった肉体は走り込みで改善し、髪はなけなしのお小遣い5000円を使い美容院でデザインカット、眉毛は自分でむしりとって見よう見まねで形を整える、オタク趣味もほぼ封印してetc…


 全ては、彼女に相応しい男になるために。


 「ごっめーん。あたしもう彼氏いるの!」


 「え?」


 「言ったことなかったけどさ。まさかあたしのこと好きだと思わなくって」


 「えーと…冗談だよね?」


 「どうしたんだ愛香。早く卒業記念の打ち上げいくぞ」


 「そういうことだから、ごめんねー!」


 幼馴染はあっさり去っていた。

 クラスでも人気の高いサッカー部所属、長谷川くんとともに。


 6年間温め続けてきた恋は一瞬で終わる。 


 「…ははは、はは」


 後に残されたのはー、




 「リア充爆発しろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!サンタさんにリア充爆発をリクエストしてやるぅぅぅぅぅ!」


 夢破れ、運動場を全力で走り出す男の慟哭だけであった。


 その時悟った。

 きっと、俺は一生リア充にはなれない。


 こんな苦しい想いをするなら…






 リア充なんてなってやるものか!



 ****



 「どう思う?」


 「どう、って言われてもねぇ」


 14時5分。午後の授業の1つ目が終わったタイミングで、少し前の体験を友人に相談してみた。

 

 茶色の髪と中性的な容姿が特徴的な男子、赤月義人あかつきよしとである。


 西方高校入学から1ヵ月経過した今でも、最も仲が良い友人だ。


 「それはずばり、夢だよ倫太郎」

 

 俺の話を聞いて考えこんでいた義人が結論を出す。


 「あわあわした水瀬さんが爆発して、目が覚めたら12時17分に戻ってて、3年の高橋さんが踊り場で『ここにいるって聞いたのに!』と怒りながら去り、水瀬さんは現れなかった。夢以外になにがある?」


 「確かに夢かもしれない。だが、問題はなぜそんな夢を見たかだ」


 春休みの期間中に買った眼鏡をくいっと上げ、高校入学前に誓った抱負を語る。




 「平凡な学生がリア充生活にうつつを抜かす間、勉学に明け暮れる3年間を過ごすと誓ったはずなのに!」


 「眼鏡買って髪型変えただけじゃん」


 「うっ…」


 「春休みも僕とゲームばっかしてたし」


 「ぐはあ!」


 「本当は遠藤さんに未練があるんじゃないの?」

 

 「ぐぬぬぬぬぬ」


 「まあ気持ちはわかるよ。確かに遠藤さんの振り方は酷かった。そばで隠れていた僕も涙を流したさ」


 そっと赤月が俺の肩に手を乗せ、励ます。


 「でも、僕は一生君の友達だからね!『彼女になって欲しい』以外のお願いならなんでも聞くよ!」


 「そりゃどうも」


 「本気だからね!」


 「分かってるって。それより…」


 男同士の他愛もない会話は、途中で中断を余儀なくされる。


 


 噂の水瀬さんが教室に戻ってきたからだ。



 ****



 「…」

 

 水瀬さんはいつものように冷たい視線で教室を見回し、胸にピンクの『塩対応ノート』を抱え、ゆっくりと自分の席に向かっていく。


 話しかける者はいない。


 ークラスの交流会?興味ありません。

 ー部活には入りません。帰宅部一択です。

 ーすみません、私は誰とも群れるつもりはありませんので。


 入学当初は多くの人間に話しかけられたが、誰に対しても”氷のナイフ”と呼ばれる塩対応を繰り返し、徐々に人が離れていったからだ。


 だから、常に1人。


 そんな水瀬さんがこちらに近づいてくるのは、好意があるからではない。

 単純に、自分の席が俺の隣だからというだけである。


 「何ですか?」


 こちらの視線に気付いたのか、水瀬さんが声をかける。

 5月の暖かい陽気に照らされ、美しい銀髪がきらりと光った。

 

 「な、何でもないです」


 「そうですか、ならいいですけど」


 いつもと何ら変わらない塩対応。そのまま席に座り、そっぽを向いた。


 「ほら。やっぱり夢じゃないか」


 義人が耳元でささやく。確かにいつも通りだ。誰とも接触しようとしない、”氷のナイフ”と呼ばれる水瀬さんのまま。

 

 だが、1つだけ違う点がある。




 頭上に、夢で見たはずのハート形のタイマーが浮かんでいた。

 示す数字は『000』。


 「シュールだなぁ」


 「ん?どうしたの倫太郎」


 「なあ、水瀬さんの頭上に何か見えるか?」


 「何も見えないけど。どうかした?」


 「なんでもない」


 内心の困惑を、義人には話さなかった。


 

 ****



 「いつもならここにいるはずだが…」


 16時5分。


 一日の授業が終了し、ほとんどの学生が部活へと向かう時間。

 義人も吹奏楽部の練習へと向かい、帰宅部の俺も本来であれば学校を去る。


 その前に、とある場所へ寄り道することにした。


 図書室である。

 学校の方針により漫画やライトノベルの類は置いていないためか。人の出入りは少ない。


 数少ない利用者の1人が水瀬さんで、放課後1人で過ごしている姿を何度か目撃されていた。


 だがいない。


 「水瀬さん、いますか?少しお話したいことがあって。いや、告白したいとかそういうのじゃなくてですね」


 奥へと進んでみたが、誰かがいる気配は感じられなかった。


 引き返そうと思ったが、利用者が座って本を読むための机に、何かが置かれているのを発見する。ピンク色の、コンビニで売っているようなありふれたノートだ。


 水瀬さんのものに間違いない。


 どうしたものか。

 

 「いや、流石にそれはないな…」


 脳内に浮かんだ邪な考えを振り切る。今日の所は引き返そう。


 その時ー、




 図書室内に一陣の風が吹いた。

 ぱらりとノートのページがめくれ、俺の目に情報が飛び込んでくる。

 



 『亜里沙のリア充ノート』

 

 最初のページに、水瀬さんのものと思われる達筆の書き込みがされていた。色々な内容が書かれているが、目についたものを抜粋する。


 「リア充になったらやりたいこと。1.男の人と手をつなぐ2.壁ドンされる3.一緒にお出かけする4.おいしいパンケーキを食べる5.キスをする」


 「3年の高橋さんはモテモテで彼女が何人もいるらしい。みんなは浮気者といってたけど、ちょっとうらやましいかも…」


 「でも、私の願いがかなうことはない」




 「私には、呪いがかけられているからだ」


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