09話.[それはないから]
「椛とお出かけー」
「そうだね、今、出てきているよね」
明後日には夏休みが終わってしまうから最後にと出てきたことになる。
今でも翼が歓迎モードでいてくれることが普通に嬉しいことだった。
「椛、ちゅーした?」
「ぶふっ!? な、なんなの急に……」
そんなのしたことがないよ。
紅葉と付き合い始めたけど、一緒にいても彼女になる前と全く変わらないもん。
でも、別にそれでいい、急激な変化はいらないんだ。
「え、してないのっ? 嘘……じゃあ私達は……」
「え、したのっ?」
彼女はバッグで目から下を隠しつつこくりと頷いた。
そうなのか、付き合い始めたとは聞いたけどそれはまた急ぎ過ぎと言うか、想像できない領域の話というか。
「ど、どんな感じだったの?」
「い、一回しかしてないから分からないよっ、ちゅーしたなーぐらいでさ!」
まあ変に具体的に説明されても困るからこれで良かったか。
紅葉はメンタルが強いとか言ってくれたけど彼女の方がやっぱりなにもかもが強かった、ということになる。
「え、どっちから?」
「それは……私」
「きゃー、ほんとっ?」
「だって……好きなんだもん」
可愛いかよ……。
私がそんなことをしたら別れるなんてことに繋がりかねない。
紅葉だって課題を終わらせることにしか意識をやっていないしね。
無理やり奪うのも現実的ではないし……。
「ちょ、ちょっと話そ、もうお出かけはいいよ」
「あ、そう? 翼がそう言うならそうしようか」
お金を使わなくて済むならそれに越したことはない。
ただ、これが所謂女子トーク、というやつなんだろうか?
私からしたら初めての経験でどういう風にいればいいのかが分からない。
とりあえず聞いておけばいいのかな?
「で、椛はしたいと思わないの?」
「うん、普通でいいかな」
「つ、付き合ったらちゅーとかするのが普通だからっ」
「でも、抱きしめてくれたりとかもしないからね」
頭を撫でてくれるのだって頼まなきゃ無理。
それなのにそれ以上を相手からしてくれると信じて行動するのは不可能なレベルだ。
それに絶対にその後、逃げたくなるだろうからやっぱりこれまで通り普通で良かった。
「え、その先はしていないよね?」
「その先……? あっ、してないしてないしてないよ! ちゅーだけでも精一杯なのにできるわけないじゃん!」
彼女は勢いよく立ち上がる。
私はそんな彼女を見上げながら「良かった、流石にそれは早いだろうからね」とぶつけた。
「待って、椛もそういうことを知っているんだ」
「保健体育で習っているわけだしね」
「ちゅーをしなさいっ、私だけじゃ不公平っ」
えぇ、それは両者が同意していなければ駄目だ。
勢いだけでできるものじゃない、冷静じゃなくなっているな。
「帰ろうっ、それで紅葉くんと過ごしなよっ」
「あ、翼がいいなら」
あの人に限ってそれはないからね。
私はあくまで私らしくあの人と関わるだけだ。
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