08話.[私が馬鹿だった]
ふぅ、と内でため息をつく。
なんとかあそこで吐かせずに楽しむことができた。
翼も翼の好きな人もあくまでいつも通りといった感じ。
「椛、もういいか」
「はい、大丈夫ですよ」
ふたりは先行していてこちらには意識を向けていない。
今ならはっきり吐かれても大丈夫だ。
そして最後まで笑顔だぞとちゃんと自分に言い聞かせておく。
「受け入れる……って言ったら偉そうか?」
「いいんですか?」
あ、また余計なことを。
無理しているかもしれないからやっぱり聞いてしまった。
私は最近大胆というかわがままだったというか、とにかくそういう感じで色々と彼に負担をかけてきてしまったから。
「ああ、前にも言ったようにそういうつもりじゃなければ部屋で寝させたりとかしねえよ」
「ありがとうございますっ」
いやあ、やっぱり受け入れてもらえると嬉しいなあ。
今の状態なら受け入れてもらえる可能性大だとか少し自惚れていたところがあったのは確か。
だって私が頼んでも拒まずにいてくれたもん。
ちょっと前までならはっきりと断られることが多かったから余計に期待してしまったということになる。
だから実際に望みが本当のことになった今、抱きしめたいぐらいだった。
流石に恥ずかしいからしないけど。
「というわけで椛は俺の彼女な。んで、早速手伝ってほしいことがある」
「手伝ってほしいこと……ですか?」
「おう、来てくれ」
連れて行かれたのはいつも通り彼の部屋。
早速なんだろうと身構えていたら「課題をやるから見ておいてくれ」と頼まれてしまった。
なるほど、自分ひとりだと集中力が続かないということか。
それぐらいなら大丈夫だ、見ておくだけなら私でもできる。
「いやー、放置していてな、そろそろやらないと不味いだろ?」
「そうですね、あともうちょっとですからね」
「ま、その大半の理由が椛だから犠牲になってもらったんだ」
引きこもっていたりしたからか。
夏休み開始から少しと、そこからお祭りの日までの少しと。
どっちも完全に絶っていたから気になるかと理解できた。
「すみません、メンタルが弱くて」
「本当か? そんな人間が一緒に寝たいとか、好きだとか言えるのか?」
「言えますよ、それとこれとは別でしたから」
ただ、いい面も悪い面もあることを知った。
大胆であればあるほどいいわけではないのだと。
だからやっぱり自分らしく積極的になるのがいいんだと思う。
でも、私らしくを貫いていたら間違いなく今もまだ恋人同士にはなれていなかったから難しいところだ。
ひとつ分かっているのは今回のそれは失敗したかのようで実は成功していたということ。
それで多少は揺らすことができたんだ。
そうでもなければ妹的な扱いから変わらなかっただろうから良かったと考えておこう。
「まあいい、ちゃんと見ておいてくれ」
「はい、ちゃんと見ておきます」
こっちはもう終わらせてあるから監視に時間をたっぷり使うことができる。
見ておいてくれって言われているんだから余計な遠慮はいらないだろう。
「椛は終わらせたのか?」
「はい、お祭りの日の前には」
やることがそれぐらいしかなかったから。
それ以外の時間はソファに深く腰掛けてゆっくりしていただけ。
廃人と言われても仕方がないぐらいのぐうたらさだった。
「偉いな、俺はなんかやる気が出なくてさ」
「携帯とかを別の場所に置くのもいいですね」
「や、俺は携帯とか滅多にいじらないからな、単純に誘惑が多いとかじゃなくてやる気がでないんだよ」
なるほど、つまりお勉強がそんなに好きではないと。
昔の私は……そうだ、母が◯◯したら◯◯してあげるよってよく言ってくれてて、私も「ほんと!?」とやる気を出して一気に片付けたことが数回ある。
じゃあやっぱり必要なのは、
「あっ、頑張ったら私が頭をなでなでしてあげますっ」
これだ、頑張ったらなにかがないとなかなかやる気が出ない。
今はこれぐらいしかできないけど、いや、逆にやる気が削がれるかなこれと少し口にしたことを後悔していた。
「えぇ、ま、なにかあった方がいいか、頑張るわ」
い、嫌そうな顔が私の心を抉る。
まあこっちはゆっくりしているだけでいいんだから無駄にダメージなんか負っている場合じゃない。
「少し転ばせてもらいますね」
「おう」
もう九月が近いこともあって少しだけ涼しくなってきていた。
風鈴とかがあったら風が通る度に音が鳴って一気に眠くなっていたところだけど、この部屋に響くのは紙とシャープペンシルの芯が擦れる音ぐらい。
「おい」
「はい? え」
なるほど、もう終わったから撫でてくれという要求か。
体を起こして――彼がどかないせいで起こせないよと困惑。
「大丈夫だよな、最近、すぐに鼻血を出したりして心配なんだ」
「あ、それはあれですよ、紅葉の上半身を思い出して出てきているだけですから」
「暑さとかじゃなかったのか、それなら問題――あるわ馬鹿っ」
酷い、いちいち馬鹿とまで言わなくてもいいのに。
そりゃ翼に比べたら学力とかも問題があるけどさ、一応赤点とか取ったことがないんだから。
「異性の半裸姿なんて何回も見たことがあるだろ」
「ありますよ? でも、違うんですよ、それにあなたはいい匂いがしますからね。それにこの前とプールのときもそうですけど、なんか背中に密着させるじゃないですか。あれはアピールしたいのかなあ、痛いっ!? なんで突くんですかっ」
暴力反対と伝えるためにおでこを抑えていたら「密着なんかさせてねえよっ」と怒ってきた。
じゃああれはなんなのだろうか?
二度目のときはともかくとして、一度目のときはお友達さんが来ただけなのに隠そうとしたわけだし……。
「あ、もしかして私といるのが恥ずかしかったからですか?」
「は? なわけないだろ、一度目はあいつに惚れさせないようにしただけ、二度目は見られたくなかったし、人が多すぎたからちゃんと掴んでおかないと駄目だと思ったんだ」
惚れさせないようにってそこまで単純じゃないぞ私は。
そもそもあの時点で女の人ふたりと来ていると分かっていたんだから期待すらできないよ。
その点、紅葉はずっと私のところに来てくれていたからそういう点で不安にならなくて済んだんだけどさ。
「ふふ、優しいんですね」
「当たり前だ。翼の兄なんだぜ? そうやってちゃんと見ておかないと駄目になるからそういう風に仕上がっているんだよ」
「でも、紅葉は物好きですね、私の告白を受け入れるなんて」
「本当に仲がいいと言えるのは椛だけだったからな、物好きなんかじゃねえよ」
う、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
まあそうか、適当に受け入れたりなんか普通はしない。
中にはいるかもしれないけど紅葉はそうじゃないことは分かっているんだ。
これは聞いた私が馬鹿だったな。
「寧ろ告白してきてくれて良かったよ、あれだけ一緒にいたのに他の人間を好きになられたら嫌だったからな」
「好きですから」
「おう、ありがとな」
差し出してきた手を握らせてもらってにこりと笑う。
受け入れてもらえて良かったってそう凄く思ったのだった。
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