07話.[ここでは微妙だ]
起きたらもう朝だった。
見てみても紅葉の姿はそこになく、携帯で時間を確認してみてもまだ五時半だ。
紅葉は結構遅くまで寝るタイプだからもう起きているとは考えられない。
ということはここで寝なかったことが想像できる。
「あ、よう」
「おはようございます」
一階に移動してみたらそこには彼の姿が。
別にここで寝たとかそういうことではない……みたい?
「どこで寝たんですか?」
「は? 普通にベッドで寝たに決まってんだろ」
「本当ですか?」
彼はあくまで普通な感じで「当たり前だろ」と。
確かにそうか、そんなところで嘘をついても仕方がない。
「ああ、俺がこんなに早く起きているから気になったのか。昨日食いすぎて胃もたれしてな、あんまり寝られなかったんだよ」
「信じます」
さて、あまり長居しても申し訳ないからそろそろ帰ろう。
お祭りももう終わってしまったし、学校開始日まであとはゆっくり謙虚に過ごそうと決めた。
引きこもるまではしなくても遊びに行ったりはもうないだろうなあって。
誘ってくれたら普通に受け入れるけどさ。
「待て」
「はい?」
荷物を持ってこれからお礼を言おうとしたところでこれ。
「昨日はありがとうございました。結局、体力のない自分に合わせてもらっちゃって申し訳ないところもあったんですけど、凄く楽しかったですから」
「それはまあ良かったけど、それじゃない」
それじゃない……ああ、なるほど。
「もしかして、好きだと言ったことですか?」
「当たり前だ」
「冗談とか勢いとかそういうのじゃないですよ、私はあなたが好きなんです。だからいつでも誘ってきてくださいね、あ、でも、無理はしないでくださいね? 受け入れられないならここで受け入れられないと言ってくれればいいですから。今度の私は引きこもったりしませんよ、自由にぶつけさせてもらったんですからね。あなたにも当然その権利があるんです」
恥ずかしいことを言ったわけじゃない。
本心からの言葉をぶつけさせてもらっただけだ。
それを受け入れるのも断るのも全て彼の自由。
私は返事を待つだけだ、どちらの意味でもそれしかできない。
振られたらそれは悲しいだろうけど、だからって八つ当たりなんかしたりしない、被害者ぶって引きこもったりもしない。
真正面から受け入れて「ありがとうございました」って言うんだ。
最高の笑顔で相手に引っかかるようなことを残させず。
「本気で好きなんだな?」
「はい、好きです、優しいあなたが好きなんです」
「そうか、じゃあちょっと考える時間をくれ」
「はい、待っていますね――あ、同情とかそんなの駄目ですよ? 嫌なら嫌って断ってくださいね」
「ああ、分かってる」
自分でも驚くぐらいには落ち着いていた。
言えて良かったと喜んでいないのは相手にとって間違いなく負担となっているからだ、断られる場合には特にそう。
だからとりあえず今は残りの夏休みをゆっくり過ごそうということだけに集中している。
私は彼ではないんだから答えなんか分からないしね。
振られても前に進めるから悪いことばかりではなかった。
「えぇ!? 紅葉くんに告白したのっ?」
「うん、夏祭りの日の夜にね」
翼とファミリーレストランに来ていた。
ドリンクバーとサラダを注文して長居させてもらっている。
「いまは保留中……かな?」
「うん、そんな感じかな」
「そうなんだ、椛はすごいね」
うーん、すごいって言えるのかなこれ。
まあでも、一ヶ月前の自分のことを考えれば確かにそうか。
「いいなあ、私も好きだって言いたいなあ」
「勇気が出ないの?」
「うん、いざ実際に本人を目の前にするとね、夏祭りの日は凄くいい雰囲気になれたんだけど」
私のあれも寝ぼけていただけだと捉えられた可能性があった。
眠くなっている状態で言ったのは確かだから勢いだけという見方もできてしまう、だから勇気があるというわけでは多分ない。
年齢的にお酒の力に頼ることはできないし、そういうパワーを利用して告白するのもまた違う気がすると引っかかってしまうのが少し面倒くさい乙女思考なのかもしれなかった。
「あと……やっぱり告白してきてほしいなあって」
「あ、私はそういうのはなくて、自分からしないとってずっと考えていたよ」
「贅沢言っている場合じゃないよねえ……」
私こそ贅沢を言っていられなかったからこちらから動くしかなかったんだ。
試していたわけではないけど、多少は意識してもらえるかもしれないという打算的なそれもあったかもしれない。
負担をかけておきながらこういう考えをしている人間だ、受け入れられる可能性は半分以下だろうなって思わず苦笑した。
「ねえ翼」
「うん?」
「余計なことかもしれないけどさ、私とじゃなくてその人と過ごそうよ、夏休みが終わったらまた学校が始まっちゃうしさ」
紅葉のお友達さんみたいに異性が常に近くにいそうな人だから動くなら今動いていた方がいいと思うんだ。
逆効果になる可能性もゼロではないけど、いい方向に向かう可能性だって同じだ。
少なくともこうして駄弁っているよりもよっぽど良い時間を過ごせると思うから。
「うーん……」
「勇気が出ないなら私が誘ってもいいよ?」
「それで来ても複雑じゃない?」
「嫌ならいいんだけど」
彼女は数十秒間「うーん」と悩んでいるようだったけど、やがて真面目な顔になって「自分で誘ってみるっ」と言った。
このまま解散になる可能性が高いからジュースをちゃんと飲んでおくことにする。
残念だけどなかなかこういう場所に来ないからケチくさい脳が働いた形になる。
「うん、ファミレスにいるから、うん、気をつけてね」
どうやらここに来てもらうみたいだ。
それならお金を置いてこっちは帰るとしようかな。
「あ、帰らなくていいよ。なんか紅葉くんと一緒にいたみたいでさ、一緒に来るんだって」
それって翼に相応しいか最終チェックをしているんじゃ……。
大丈夫だ、普通にいい人だと思う。
丁寧な感じだし、柔らかい態度だから怖くないし。
この前のあれは本当にあの人は翼のことが好きだなあと思えた一件だ。
「あ、依田さんも来ていたんだ」
「はい、翼に付き合ってもらっていたんです」
これは本当だ、翼的には違うんだろうけど。
と言うのも、家にひとりでいるのもなんか飽きてしてしまったんだ。
だから誘ってくれたときは凄く嬉しかったぐらい。
人とたくさん関わることでひとりでいることの退屈さとかを知ってしまったのはいいのか悪いのか、どっちなんだろうね。
「じゃあ僕は依田さんの隣に――」
「まあ待て、どうせなら翼の隣の方がいいだろ?」
「そうですか? 兄妹で隣同士がいいのかと思いましたけど」
「いいんだよ、ほら」
ああ、こんなときだけど……この前の半裸姿がちらつく。
半袖なのもあって紅葉の筋肉質な腕とかが視界に入るから余計にそう思う。
腹筋がすごかったなあとか馬鹿みたいに考えて……。
「おい、鼻血が出てるぞ」
「あ」
汚さないようにしないとなあ。
というか、これじゃあ意味がない気がする。
とはいえ、誘って退店するのもなんだかなあという感じで。
「あ、今からプールにでも行かない?」
「「プール?」」
「うん、紅葉さんとそういう風に話していたんだ、依田さんもいいよね?」
「あ、えっと、寧ろいいんですか?」
「うん?」
そうだっ、そこで別行動をすればいいんだよっ。
紅葉を見てみたら理解しているのかしていないのかは分からないけどこくりと頷いてくれたからこっちも受け入れておく。
「じゃあ――」
「待て、椛の水着を選んでから行くから」
「あ、じゃあ先に行っていますね。翼、行こうか」
「うんっ、行こう!」
目の前であの元気さを披露できるなら告白も余裕でできると思うけどなあ。
迷惑だからとか遠慮をしてしまっているのかな?
それともやっぱり告白してもらいたいから待っているという感じなのかもしれないけど。
「行くぞ」
「え、あ、別れるための口実じゃ……」
一応、そういう風に言ってみても無駄だった。
彼は翼が置いていったお金を持って「ない、ほら、会計を済ませて店に行こう」となんかやる気満々だった。
「ほら、これとかどうだ?」
「お腹が隠れていていいですね、……貧相でごめんなさい」
「ちげえよ、椛はこういうやつを選びそうだったからさ」
色もなるべく暗い色のやつの方がいい。
白とか黄色とかそういうのは無理だ。
着用しているだけで精神ダメージを受けていくだろうから。
とはいえ、黒とかもなんか私には大胆な気がして難しかった。
なので結局一時間ぐらいかけてしまったことになる。
「高かった……」
「半分払ってやるよ」
「い、いいですよっ、行きましょうっ」
「そうか? じゃあ行くか」
行ってみた結果、お祭りの日の多さなんて目じゃないぐらいの人達が冷たさを得るためにやって来ていた。
どこを見ても人、潜ることも泳ぐこともできないそんなレベル。
それで私はまた半裸の彼に庇われるようにしてそんな中を歩いていた。
背中が近い、あとやっぱりこの人はいい匂いがする。
香水とかなのかな? 疎いからなにも分からないぞ……。
「大丈夫か?」
「はい」
手をがっしりと掴まれたままだから逃げることも叶わない。
さて、この人の大群の中であのふたりと出会えるだろうか?
「おっ、やっほーっ」
お、翼すごい、あっという間にこっちを発見してしまった。
その流れで水着を褒めてくれたからお礼を言っておく。
彼女は胸と大切なところを隠している以外は大胆に見せつけているからすごかった。
私にはできないことをしているわけだ。
「よう、あいつはどうした?」
「実は休憩中なんだよ、人の多さで酔っちゃったみたい」
「弱え奴だな」
「そう言わないであげて、私だってうわぁってなったから」
「まあ確かにな、これは多すぎだろ」
みんなの気持ちがひとつになる日だ。
多すぎるだろ……と絶対に思いながらも楽しもうとしている。
家族と、友達と、恋人と、うん、多分そんな感じで。
「椛ー!」
「ははっ、翼はいつも元気だね」
「当たり前だよっ、いつでも元気が私だからねっ」
ああ、こんな感じであの人にも大胆になれればいいのに。
一緒に仲良くしているところを見たことがないから乙女翼がどんなのかが気になる。
よし、無理を言って連れてこよう。
「あ、いた」
「依田さん……? その水着、似合っているね」
「ありがとうございます、翼が呼んでいるので来てください」
「そうしたいんだけど、うぷ、なんか気持ちが悪くて……」
「じゃあもうすぐ休憩なので連れてきますね、翼といられる方が嬉しいですよね?」
そこで頷いてくれたのが普通に嬉しかった。
これなら自信を持って連れてくることができるからだ。
相手が求めていないのであればお節介にしかならないから。
「馬鹿、翼は自分でやるからいいんだよ」
「だって……」
「それより離れるな、椛もそこまでこの多さは得意じゃないだろ」
「確かにそうですね、圧倒されています」
「あと……見られたくない」
え、買わせておきながら!?
何度もやっぱりやめましょうって言ったんだ。
それなのに彼が一切聞いてくれなかったからこそこうなっているのに。
「来い――」
その瞬間に休憩時間の開始だとアナウンスが。
「休憩時間ですね」
「それならなんか食うか」
今さっきサラダを食べたからと言ったら「じゃあ休むか」と。
少し落ち着きなさそうに見えるのは気のせいだろうか?
「すみません――あ、大丈夫ですね、熱は出ていないみたい」
「当たり前だろ、熱が出ているならここになんか来ねえよ」
そりゃそうかと納得できてしまった。
「椛、告白の返事をしていいか?」
「え、い、今ですかっ」
「おう、俺は」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
慌てて止める。
どちらにしろ返事はほしかったけどここでは微妙だ。
やっぱり振られたら傷つくだろうし、今のこの逃げられない状態ではやめてほしかった。
が、彼はあくまで「どうしたんだ?」的な表情を浮かべているだけ。
今の私には彼が凄く怖く見えたのだった。
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