06話.[なんかでけえな]
「人が多いですね」
「だな」
比較的早めに出てきたというのに馬鹿みたいに人間がいた。
正直に言って鬱陶しい、譲ろうともしねえし。
「きゃっ、す、すみませんっ」
色々な方向に向かって歩くもんだからこういうことも平気で起こる。
俺らだって後からするかもしれないからそれについては文句を言うつもりはないが。
「椛、腕を掴んでおく――分かったよ」
まあ兎にも角にもここに来たのならなにかを買って食うだけ。
焼きそばだのたこ焼きだのイカ焼きだのと、見事に美味そうなのがここには沢山あってどんどん食いたくなってくる。
「翼はもう来ていますかね?」
「来ているだろうな、あいつが待ちきれるわけがないし」
なんなら昼からここに来て夕方まで待機しようとするぐらいだ、あいつが大人しく家で待っていられるわけがない。
まああいつと一緒にいるところを想像するとぶっ飛ばしたくなるが、椛に暴力は駄目だと言われているからな、我慢だ我慢。
「なにが食いたい?」
「あなたが食べたい物を一緒に食べます」
「そうか」
それなら食べたい物をその都度買って食えばいいな。
多少値段は高くても全く気にならない。
こういうときは一切気にせず買って食いまくればいいんだ。
「あ、紅葉」
「ん? 今日は単身か?」
「いや、またこの前のグループで来ているんだ」
男女ふたりずつでか、仲良しだな。
その女子の中ではこいつのことを好きなやつがいそうだけど、こいつはどうせ上手く躱してしまうんだろうなと想像。
「お、依田さんも来ていたんだ」
「はい、約束をしていまして」
「そっか、紅葉をちゃんと見ておいた方がいいよ」
「はい、離しませんから」
離さないねえ、いつの間にか大胆な人間になったもんだ。
なんか少し寂しいような気がする。
でもまあ、前みたいな状態でいられるよりは安心できる感じもする。
「さあ、どんどん行きましょうっ」
「おう」
ああ、これは絶対に後で疲れて帰りたいとか言い出すと容易に想像できてしまった。
ソースは翼だ。
あいつはとにかくハイテンションで後のことを考えないで行動するからいっつもこっちが困ることになるんだ、勘弁してほしいね。
「やっぱり綿あめとかも食べないとですよね」
「俺はたこ焼きとかの方がいいけどな」
「ま、まあまあ、一緒に食べましょうよ」
こういうところも翼と似ている。
全然こっちのことなんて意識からなくなるんだ。
今だってもう俺が食べたい物ではなくなってしまっているわけだし。
「美味しいです」
「そうかい」
「でも、これで終わりですね」
クソかよ……。
そうやって思っていたら「これで紅葉が行きたいところにいけますね」なんて言ってくれた。
俺は一応、自分だけが食っているのは嫌だと言ったんだけどな。
それがちゃんと伝わっていなかったみたいで残念だ。
「どんどん食べてくださいっ、花火を見るまでゆっくりでいいですからねっ」
「まあ、そうだな」
まあいいか、こうして引きこもりをあそこから引っ張り出して祭りに来られているわけなんだからな。
細かいことは気にせずに食うことに集中しようと決めて動き始めた。
「疲れたぁ……」
紅葉がトイレに行っている間、ひとり段差に座って待っていた。
ハイテンションを維持するのが難しい、これまでずっと家の中にいたから余計に。
そもそも翼みたいに明るい人間ではない自分がハイテンション気味に行動しようとすることがおかしいのだ。
それだというのになにをやっているのか、という話だろう。
「悪い」
「いえ」
「ん? もう疲れたのか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
お金もないからあとは付いていくだけ。
それだけなら一切問題なく最後までいることができる。
それに花火を見てからじゃないと帰りたくないからこの前のようには絶対にさせたくない。
「数種類買ってくる、だから座って待ってろ」
「い、いいですよっ」
「無理すんなよ、食えれば俺は満足できるからな」
あ、もう……。
でも、疲れていたのは本当のことだからありがたくもあるか。
「あ、いたっ」
「あ、翼っ」
こっちを抱きしめようとしてくれたからこっちもがばりといこうとしたら「椛のばかー!」と怒られてしまった。
その瞬間に揺れる視界。
彼女の本気を耳元で披露されたらそれはノーダメージなんかではいられないに決まっている。
「また同じことをしてっ、どれだけ心配だったと思ってるのっ」
「ご、ごめん……」
「紅葉くんはっ?」
「今、食べ物を買いに行ってるよ、疲れちゃって休ませてもらっている状態なんだ」
「そっかっ」
が、戻ってきた紅葉に話しかけることもなく「じゃあねっ」と言ってどこかに走って行ってしまった。
……喧嘩でもしてしまったのだろうか? と少し不安な気持ちに。
「あいつ、お前のことめっちゃ心配してたんだ、これからはやめてやってくれな」
「あ、はい、分かりました」
「あと、俺からのも無視すんな、心配になるからさ」
「は、はい」
自分が完全に悪いのに嫌われたと判断して引きこもる。
そんなことをした人間相手にもまだ関わろうとしてくれるこの人達は逆にあ、アホと言えてしまうぐらいの感じだった。
普通は離れるところでしょ、普通は呆れてあんなやつどうでもいいって自分の意識から外すべきところなのに……。
「紅葉達って馬鹿ですよね」
「は? いきなり喧嘩売ってきてんな」
「ふ、普通はこんな人間のことなんて忘れてそれぞれ本当に過ごしたい人と過ごすところじゃないですかっ。その点、紅葉は特におかしいですっ、おかしい!」
「どんだけ俺をおかしい人間にしたいんだよ……」
いつもなら怒っているところなのになにも言わずに終わらせてしまったところもそうだ。
最近の彼は私に優しすぎる。
これはもうなにかがないと辻褄が合わないとまで考えて、それ以上のことはないなと考えてテンションが下がるまでがワンセットだった。
「相手をしてくれて嬉しいだろ?」
「嬉しいですっ」
「じゃあいいじゃねえか、ほら、なんか食うか?」
「いいですよ、お金も払えないですし……」
「いいから、複数あるから食いたいのがあれば食え」
じゃあ……とたこ焼きをひとつ貰っておくことにした。
今でもちゃんと温かくて凄く美味しかった。
「……なんでそんなに優しくしてくれるんですか?」
「うーん、翼の友達だから――」
じゃあ優しくしすぎでしょうよ。
私が翼の友達になってあげたわけじゃない、友達になってもらった側なのに勘違いしてしまっているのだ。
「ならいいですよ、優しすぎるのも苦しくなるので」
「最後まで聞け。最初は翼の友達だったからだったんだ。あいつといるのは疲れることもあるし、なるべく近くにいることでサポートできると思っていた。でも今は多分違う、そうでもなければ翼が抜けた後一緒に海のところに残ったりとか、祭りに一緒に来たりなんかしねえよ」
べ、別のところを見ながら言われても無理やり言っているようにしか見えない――って不安になっていたら急にこちらを見てきてドキッとなった。
「ま、不安にならなくていい」
「そ、そうですか」
「心配なら手でも繋いでやろうか?」
それは今日来てから食べている時間以外はずっとしていたことだから構わない。
……とはいえ、それは私が無理やり掴むことで折れてもらったようなものだから彼の意思でしてくれると言うのなら……してもらった方がいいのかな? と乙女脳が悩む。
「あ、頭を撫でてほしいです、あっ! 今日は汗も全くかいていないですし気持ち悪くはないですから!」
「なにひとりで慌ててんだよ、ほら来い」
おお、懐かしい感じだ。
誰かに頭を撫でてもらえるなんていつぶりだろうか?
「ありがとうございます」
「おう、花火まではここに座ってゆっくり待とう」
「はい」
彼は人がいないのと範囲があるのをいいことに寝転んでしまった。
なんかそうされると不安になってくるからやめてほしい。
「あ、腕使ってください」
「大変だろ、別にいいよ」
「いえっ、こうして無理言って付き合ってもらっているんですからっ」
私の体力がちゃんとあればまだ回っていたはずなんだ。
お金ももうちょっと使わせてもらっても良かったのかもしれないのに私ときたらいい子ぶってしまった。
「無理言ってって誰が?」
「え、私が」
「違うだろ、俺が誘ったんだろうが。椛はそれを受け入れてくれた、だから本当は椛のしたいように見て回ってほしかったんだよ」
いや、私としてはささっと食べ終えて後は彼のしたいように見て回ってほしかったんだ。
だというのにすぐにばててこんなところで休むことになってしまったわけで。
「私は……あなたのしたいようにしてほしかったんです」
「合わせてもらってばかりなのも申し訳ねえだろ、しかも一緒に行動してくれていたほとんどの理由が断れなかったからだろ?」
「違いますっ、最初は確かにそうでしたけど……最近は私がいたくてですから……」
もしそうならなにも受け入れずに引きこもっていたはずだ。
が、引きこもったのはどちらも私がやらかしたときだけだった。
それだけで違うということを分かってほしいものだけど。
「椛、お前本当に俺が好きだな」
「好きです」
「そうか」
ちょっとお手洗いに行ってくるとその場を離れた。
今のはもう告白みたいなものだった、それなのに「そうか」とだけで済ませられてもそれはそれでどうなのという感じで。
「あ、依田さん」
「あ、あなたは紅葉さんの……」
「うん友達かな、紅葉はどうしたの?」
「少し休んでもらっている感じですかね」
あくまで普通な感じで「そうなんだ」と。
離脱するためにお手洗いと言っただけだからある程度経過したら戻ることに決める。
「依田さん、危ないから少し離れているなら一緒にいるよ」
「え、一緒に来た人達はいいんですか?」
「それがはぐれちゃったんだよね、こんなときに限って携帯の電源もなくなっちゃってさ」
「あ、それなら私の携帯を使いますか?」
「うーん、いやいいよ、ありがとう」
いいのか、この前の同じならいまは男の人ひとりに女の人ふたりということになってしまうんだけど……。
「あ、誤解されないように僕といることは連絡しておいてね」
「あ、分かりました」
確かにこの人と会うために抜けたなんて捉えられても嫌だから私としても助かる。
あのふたりと喧嘩なんかしたくないしね。
「よし、そこに座ろうか」
「はい」
はい? そもそも私がこの人と一緒に行動する必要はない気がするけど……なんか一緒に過ごす的なことになっているぞこれ。
それこそ断れる感じがしない、紅葉相手ならしっかりと言うことができるんだけどなあと。
「おい、なにそいつと過ごしてんだ」
「あら、紅葉来たんだ」
「当たり前だろ、俺以外の人間と過ごす意味が分からねえ」
だ、だからそういうところだ。
下手をすれば勘違いしてしまうかもしれないのに。
あんなことを言った後にそういうことを言われてしまったら期待してしまう。
普通に嫌だったら任せて帰るところだろうし……。
「あらら、意外と独占欲が強いねえ」
「特に男であるお前と過ごすなら話は変わるしな」
「取ろうとなんてしてないよ、依田さんからは紅葉のことが好きだってことだけしか伝わってこないからね」
やだ……隠せてなかったのかっ。
じゃあ逃げたところでなんにも意味がないということになる。
それなら一緒にいないと損だ、これからは一緒にいよう。
「行くぞ椛、そろそろ花火も打ち上がるしな」
「はいっ。あ、あの」
「うん?」
「ありがとうございました」
「うん、こっちこそありがとね、それじゃあねー」
少し歩いたところで彼が足を止めたからこちらも止める。
「まさかあいつと過ごしているなんてメッセージが送られてくるとは思わなかった、あれがない状態で目撃していたら確実に勘違いしていたぞ」
「あの人が言ってくれたんです、誤解されないように連絡をしておいた方がいいって」
だからお礼を言わせてもらったんだ。
そして今回はお礼を言われたことも気にはならなかった。
浮かれているということもある、紅葉がちゃんと来てくれたというのもある、細かなことで細かいことがどうでもよくなるんだ。
「もう離さねえから」
「ふふ、トイレに行きたくなったらどうするんですか?」
「そのときはあれだ、一緒に行けばいい」
はは、面白いことを言うなこの人は。
今のこの場所から少し移動したタイミングで花火の時間が始まった。
「椛、今日は俺の家に来い」
「え? あの……」
「ふっ、また後で話すよ」
聞き取れなかったけどとにかく花火が綺麗だ。
複数の色の華が咲いては消えていく。
でも、消えないのも確かにあるんだ。
「終わったな」
「はい、綺麗でしたね」
「ああ、俺でも空をぼけっと見上げるぐらいにはな」
そう、手を繋いだりしていてもそうだった。
ぼけっと見上げていて、空から誰かが見ていたとしたらみんなちょっとアホっぽい顔に見えただろうなと。
「あ、そういえば先程、なにか言っていましたよね?」
「ああ、今日この後俺の家に来いって言ったんだ」
「いいんですか?」
「おう、んでそのまま泊まってくれ、また引きこもられても嫌だからな」
そんな馬鹿なこともうしない。
いられる内に一緒にいておくんだ。
呼んでくれているなら遠慮しないで受け入れさせてもらう。
「それなら着替えを持ってこないと」
「あ、俺のを貸そうと思ったけど下着とかが困るのか」
「はい、流石に変えないのはあれですからね」
「分かった、行こう」
……服とかは忘れたことにして貸してもらおうと決めた。
とりあえず時間をかける意味がないからささっと家――あ。
「あの、入ってからでもいいですか?」
「そうだな、人の家の風呂に入るのは気になるだろうしな」
あ、待て、これじゃあ貸してもらえないじゃないかっ。
でも、あっちで入るのもそれはそれで気になるし……。
「あの……ここで入ったとしてもあなたの服って貸してもらえますか?」
「え? まあ別にいいけど」
「それなら入ってきますっ」
普段に比べれば汗はかいていなかったけどこれでやっと堂々と彼に近づくことができる。
……先程十分近かったということは置いておくとしてだ。
「お待たせしてしまってすみません」
「いいんだよ、行くか」
「はい」
今日は余計なことにならないようちゃんと客間を利用させてもらおうと思う――って、翼がまたあの人を連れてきたりするのかな?
もしそうなら翼の部屋で寝かせてもらうしかないと片付けておく。
「お邪魔します」
まだ寝るには早いから今日も彼の部屋に行かせてもらう。
「ほら、服」
「ありがとうございます、廊下で着替え――」
「俺が出ているからその間に着替えろ」
ささっと着替えて彼を呼ぶ。
別に下を履いていないとかではないから彼のを借りている以外は本当に大したことがない私という感じだ。
「なんかでけえな」
「身長差がありますからね、あ、ちょっと転んでもいいですか?」
「いいぞ、俺も転ぶしな」
ああ、外から入ってくる風が涼しい。
先程たくさん食べたし、段々と眠くなってくるぐらいだ。
「眠いのか?」
「あ、すみません……下の部屋を借りてもいいですか?」
「いや、翼があいつを連れてくるみたいだからな」
「じゃあ……翼が帰ってくるまで待つしかないですね」
このまま寝ないでっていうのはなかなかに厳しい。
寝たら不味いから座ったけど、瞼と瞼が簡単にくっつきそうになってしまう。
「いいよ、ここで寝れば」
「え……」
「敷布団はあるしな、持ってくるから待ってろ」
そんなのに転んじゃったらあっという間に夢の世界に旅立ってしまうというのに、……いいのだろうか?
とはいえ、彼は部屋から出ていって割とすぐに布団一式を持って戻ってきてしまったからどうしようもないと。
「ほら、寝るなら布団で寝ろ」
「ありがとうございます、でも……」
「いいんだよ、この前みたいなことにはならない」
じゃあ……寝させてもらおう。
というか、起きていられるような余裕がないからね。
「紅葉くんただいまー!」
「静かにしろ」
いつでもやかましい妹も流石に静かになった。
「あ、椛はもう寝てたんだ」
「ああ、元々あんまり体力がないやつだからな」
それなのに今日は最初から最後までハイテンションだったわけだしそりゃ疲れるわ。
多分ではなく、絶対に無理していたんだと思う。
俺的にはあくまで普通でいてくれればそれで良かったんだ。
誘って、椛がそれを受け入れてくれた時点で役目を果たしているわけだからな。
「ふたりきりにすると不安だから私もここで寝ます」
「あいつはいいのか?」
「下にいるけど、一緒に寝るなんて無理だよ」
まあ普通はそういうもんだよなと。
じゃあ椛はなんなのだろうか? という疑問が出てくる。
最近は仲良くしたいとか好きとか平気で言ってくる人間だ。
疑っても仕方がないからこうして連れてきたわけだが、こうして寝られるからといって別に男として意識していないというわけではないだろう。
つまり、翼よりも椛の方が実は強かった、ということなのか?
「でも、もうちょっと話してくるね」
「おう、あ、ちゃんと布団とかも敷いてやれ」
「うん、それは大丈夫」
翼に好きな人間ができて兄的に寂しかったのはある。
俺はその寂しさを紛らわすために椛といたのかもしれない。
確かに最初はそういう理由からだったはずなんだ。
でも、最近は少し椛が怖くなってきているぐらいかな、と。
「……帰ってきましたか?」
「ああ、変わらずやかましくな」
椛は体を起こしてこちらを見てきた。
一度伸びをしてからやたらと真剣な顔で。
「あの、本当にいいんですか?」
「何度も言わせるな、別にいいんだよ」
「でも、この前はあんなに……」
「この前みたいにはならない、風呂に入ってくるから寝てろ」
正直に言うと、翼と比べたら遥かに普通の人間だ。
いや、普通よりも劣っているかもしれない人間かもしれない。
そんなのだから不安になって一緒にいたというのもあるんだ。
「紅葉」
「なんだ?」
「好き」
部屋を出てからしゃがむ羽目になった。
そんな必要がないぐらい彼女は強かったと分かったから。
「……ま、離れることなんてしねえけど」
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