05話.[行けない前提で]
「もう一時か」
いつも寝る時間が遅いからいつも通りただ寝っ転がっているだけでこの時間になった。
椛は二十二時頃に「もう寝ますね」と言って寝室に入ってしまったから今頃はもう夢の中だろうが……。
「翼からの連絡はなしと」
まあいきなりヤろうとする人間ではないだろうから不安にならなくていい。
そもそも放っておくべきぐらいだしな。
「寝るか」
このまま起きていても日中とかに眠くなるだけだ、そんな無意味なことをしても意味はない。
枕かわりに自分の手を頭の下に移動したときだった。
静かに扉が開かれたのは。
「寝られないのか?」
「ううん……トイレ」
寝ぼけているなってすぐに分かった。
そうでもなければ敬語を使わないなんてありえないし。
「転ぶなよ」
「うん……」
最近の椛はなんでも受け入れてくれる。
でも、無理をしているんじゃないかって少し不安になる。
「ふぅ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
あ、もう戻ったか。
そのまま戻るかと思えばそうではなく、俺の横にしゃがんだ。
「一緒に寝たいです」
「は?」
「私も男の子と仲良くしたいです」
いやこれは戻ったようで戻ってねえな、朝になったら絶対に後悔するパターンだ。
流石に止めてやらなければならない。
無理をしたところでそれを本当の意味でできたことにはならないんだから。
「寝室で寝ろ、おやすみ」
「嫌です、あなたと寝たいです」
これは勢いだけ、寝ぼけているだけ。
今自分がどれだけ大胆なことを言っているのかを理解できていないだけだ。
「駄目だ」
「……せっかくを勇気を出したのに意地悪なんですから」
そんな勇気はいらない。
これはあくまで俺しか椛の側にいないからしようとしているだけだ。
そこに好きだとかそういう感情は一切ないと言える。
年上として後で引っかかることのないようにしっかり正してやらないとな――と、泊まっておきながら考える馬鹿がここにいた。
とにかく椛は部屋に戻ってくれたから寝ようと集中をする。
「ここならいいですか?」
「くどいぞ、駄目だ」
「と、泊まっている時点で意味のないことじゃないですか、その理屈ならあなたが泊まることも駄目なはずです」
ごもっとも。
でも、戻る気にはなれなかったんだから仕方がないんだ。
どうせ椛だってこれなら帰ってもいいのでは? と疑問に感じるぐらいの結果になっただろ。
今度もちゃんと戻って、そしてこちらに来ることもなかった。
こっちもちゃんと寝て、朝を迎えて。
「おはようございます」
「おう……おはよう……」
朝日が眩しい……。
あと、椛が怒っているように見えるのは気の所為じゃないんだろうな。
「朝ご飯を食べたら帰ってください、いる意味もありませんよね」
「まあ待てよ、お前のためを思って断ったんだぜ」
「……知りませんよ、せっかく頑張ったのに」
確かに椛のことを考えたら滅茶苦茶頑張ったと言える。
今まで余計なことを考えて遠慮しがちな人間だったから尚更そう思う。
ただ、複数男子と関わりがある中で、その中で俺を選んでそうしているというわけじゃないから止めたんだ。
椛が俺のことを好きなら別にあれでも構わなかった。
でも、実際はそうじゃないからあれが間違いなく正しかったんだ。
……後から悔やまれても嫌だからさ。
「少し離れていたんですから寝させてくれても良かったじゃないですかっ」
「お前のためだ」
「もうっ」
それでも飯を作ってくれるところが彼女らしい。
「食べ終えましたよねっ? 帰ってくださいっ」
「はいはい、帰るよ」
ま、これは泊まった自分も悪い。
できれば同級生の男子のひとりとだけでもいいから仲良くなってほしかった。
それでそいつを好きになってくれれば妹扱いをしなくて済むかもしれないからな。
「最悪だ……」
紅葉が悪いわけじゃない、全ては自分が悪いと片付けられてしまうこと。
ああしておけば少しは意識してくれるかもしれないという醜い願望が働いた形となる。
しかも逆ギレして追い出すというクソ行動もしてしまったし、これはもう夏祭りを一緒に行くとかそういうこと全部なくなってしまったんだろうなということは容易に想像できた。
あれから翼からの連絡もなしだし……。
そりゃ、家に全くいなかったんだから怒りたくもなるよねという話で。
「いいよもう……どうせなにかが変わることはないんだから」
嫌われることはあっても好かれるようなことは一切ない。
なら期待するだけ無駄だ、あの計画を再度実行すればいいんだ。
「誰だよこんなときに」
口が悪くなるのも止めずに外に。
「あ、依田椛さん、だよね?」
「え、あ、はい、そうですけど」
同じぐらいの歳の男の子がなんの用だよ。
どうせ翼に会いたいとか、紅葉に会いたいとかそういうことなのは分かっているんだぞ。
「この前、桜庭家に泊めさせてもらった人間なんだけどさ」
ということは翼が好きな子ってことか、そんな子がどうしてこんなところに……。
「翼に贈り物をしたいんだけどさ、依田さんに手伝ってもらいたいなって思って」
「私に……、それならお兄さんに頼んだ方がいいと思いますけど」
「それじゃあ意味ないでしょ? お願い」
まあどうせ暇だからいいけど。
なにができるってわけじゃないけど、暇つぶしの手段として利用させてもらうことにしよう。
もういまの私はダーク椛だった。
八つ当たりとかはしないけどただそこにいるだけの人間。
「あれ、珍しい組み合わせだな」
「こんにちは」
「おう」
ふたりは大して仲がいいわけではないみたいだ。
まあ気持ちは分からなくもないけど、兄なら大人な対応をしてあげるべきだと思う。
いつまでも妹離れできていないのも微妙だしね。
仲がいいのはいいことだとしか言えないけどさ。
「これとかどうかな?」
「私に聞かないでください、人に贈り物をするときに聞いていたら無意味じゃないですか」
あの子が欲しいのはこの子からのなにかだ、そこに私からのなにかが加わってしまったら面白くはないだろう。
そもそもこうしてふたりで移動している時点で終わっているんだけどね。
まあ、嫌われてももうどうでもいいよとやけくそになっていた。
「もしかして俺、嫌われているのかな?」
「はい? いえ、嫌いになれるほどあなたことを知りませんからね。ただ、桜庭さんのことが大切なら本人を誘って行くべきだと思いますけどね。大切じゃないならふたりきりで行動する頻度も減らした方がいいと思います。相手が勘違いしたところを振るのが好きならご自由にどうぞ、それでも相手が桜庭さんなら絶対に許しませんけどね」
彼は困ったような表情を浮かべて「そ、そんなことしないよ」と。
そこから先も彼はスタンスを変えることはなかったものの、いちいち冷たい対応をするのはやめておいた。
「今日はありがとう、依田さんのおかげで助かったよ」
「思ってもいないことを言わないでください、不安にさせたくないなら他の女の家になんて行くべきではないですよ」
「うん、確かにそうだね」
ということは……一応翼の想いは届いているということなのかな。
いいよなあ、こっちなんか逆ギレして関係が終わりかかっているのに。
自業自得だから羨む資格もないのがなんとも言えないところだけど。
「あ、翼? 今から行くから、うん、うんそう、だから待っていてよ」
この前も今日も私なんか本当は必要なかったんだ。
それだというのに利用させてもらうとか言い訳をして付き合って馬鹿だな私は。
「それじゃあ」
帰ろう、外にいても暑いだけ。
今の私に必要なのは人の温もりじゃない。
エアコンから出る冷たい風だけだった。
「お祭りの日か……」
まだ午前八時だから実感も湧かない。
でも、どうせなんてことはないまま自宅で過ごして終わるということは分かっている。
課題も終わらせたからとにかく涼しい空間でのんびりしておくことに専念をする。
行くにしてもトイレとかお風呂とかたったそれぐらいだ、そこで完結しているんだ。
嫌な思いを味わうことにしかならないからインターホンが鳴っても全て無視し、携帯の電源も落とし、私は自分が構築した世界に浸っていた。
「あ、でも、お買い物に行かなきゃな……」
それでもちゃんと食べないとお腹が空いちゃうからと結構豪快に食材を使っていた結果だ。
マイバッグとお財布を持って外に出る。
暑い……。
やっぱり引き込もれるなら家の中にずっといる方が正しいということがよく分かった。
「よう」
「こんにちは」
この前のようにたまたま遭遇しただけだった。
お買い物に行くという旨の話をして別れる。
「涼しい」
思わず入り口で呟いてしまうぐらいには家の次に最高の場所だ。
欲しい物がなんでも揃っているというわけではないものの、ある程度の物はここだけで買うことができるからいい場所だと言える。
「肉を食っておけ」
「食べるにしても茹でた鶏肉とかですかね、キャベツやレタスと一緒に食べればあっさりしていていいですし」
ドレッシングなどを変えればいつでも楽しむことができる。
飽きがこないわけではないけどいい料理だ。
「ちゃんと食っていたのか? なんか細えぞ」
「食べてましたよ? 家の中にいてもお腹は空きますからね」
……なんで当たり前のようにこの人がいるの。
とりあえず欲しい食材を買ってお店を出る。
「椛、今日はこのまま一緒にいるからな」
「な、なんでですか?」
「は? 祭りの日だからだろ、そういう約束だろ?」
そう、この前のことがなければ朝からわくわくしたままいられたんだ。
でも、そうじゃないから仕方がない。
「でも、私は逆ギレして追い出してしまったじゃないですか」
「あ、それでまた連絡にも反応せず引きこもっていたのか?」
「はい……もうあなたとの関係も終わったと考えて……」
毎回こういうことになるぐらいならなくなってしまった方がいいと考えた自分もいたのだ。
「俺はてっきり翼が好きな人間に切り替えたんだと思ったけどな」
「そんなことしてないですよっ、あれは翼に贈り物をしたいということで無理やり付き合わされたんですっ」
寧ろああいう人は翼には悪いけど嫌いだ。
なにも役立っていなかったのにありがとうとか言っちゃってさ。
ちゃんとお礼を言えるのはまあ……悪くはないけど、やっぱりああいうのは嫌いだ。
「あ、あのときどうしてあれだけで終わらせてしまったんですかっ」
「いや、邪魔するのも悪いと思ってな」
「余計な遠慮ですよっ、私はあなたと仲良くしたいんですよっ」
友達が好きな子を狙ったりするような悪女じゃないんだ。
そういう人間だと思われているようならそれは悲しいとしか言いようがない。
「俺と仲良くしたいのか?」
「はい」
「じゃあ無視しないで送り返してきてくれよ」
それはしょうがない、携帯の電源を落としたままだったから。
メンタルが強くないからすぐ塞ぎがちになるんだ。
私は昔のままでなんにも変われていないんだよ。
「よし、なにか飯を作ってくれ」
「あ、じゃあ今さっき買ったお肉で」
「おう。あ、あんまり使わなくていいからな、ちょっとあればいいから」
なるほど、今日の夜にたくさん食べたいから今はあまり入れたくないということか。
それでも食べないとあまり入らなくなるから対策をしておこうということなんだろうなあ。
「じゃあ今から作りますね」
「おう」
家に帰ってきてもあんまり変わらなかった。
いつもだったらエアコンは便利だなあとか考えるところなのに、今日はなんかどうでもいいというか……。
普通に作っている間、何回もちらちらと紅葉の様子を見てみたけど、あくまで自宅のように寝転んでいるだけだった。
「あ、どうぞ」
「おう」
ご飯は朝にまとめて炊けるようにしてあるから温めるだけでいつでも柔らかいご飯が食べられるのはいい。
あとはその上に自分も好きなお肉及び玉ねぎを乗っけて、優しい味付けのお味噌汁も加えれば簡単で最強の料理となると。
野菜は……残念ながら今日はなかったけど……。
「美味いな」
「ネットにあったタレの作り方を参考にさせてもらっているんです、お醤油、みりん、料理酒、ニンニク、生姜という感じになっていますね」
「なるほどな、聞いただけでなんか美味そうに感じてくる」
それはまた特殊な能力――だとは言えない感じ。
合わさった状態のことを考えると涎が出そうになるぐらい。
「金はあるのか?」
「あー……お小遣いはないんですよね、生活費の中から少し使用させてもらうという感じでしょうか」
大体、千円ぐらいだろうか?
大食というわけではないからそれぐらいで十分お腹いっぱいになれる。
ただ、彼はたくさん食べられるだろうから使うタイミングというのをしっかり考えなければならなさそうだ。
「ま、足りなくなったら奢ってやるよ」
「いいです、あなたと……というか、誰かと一緒に行けるならそれで」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、自分ばっかりが食べるというのもな」
いや全然いい、美味しそうに食べていてくれればいい。
……意味合いは変わってしまうけど、本来私はそういうのを見られればいいはずだったんだ。
だというのに今は変わってきてしまっている状態だった。
「翼は元気ですか?」
「おう、やかましいぐらいだ」
「あの人と仲良くできているといいですね」
お祭りのときに見ることができるかもしれない。
普段元気なあの子がそれだけじゃないところを見せてくれるかもしれない。
今日でイメージが変わるかもしれない。
こっちが変わることは絶対にないけど、そういうのを見ていいなあって思えればいいかなあ。
「洗い物をしてきますね」
「あ、おう、頼むわ」
洗い物を終えたら床に座った。
食べたばかりだというのに彼は一切気にせずに寝転んでしまっている。
……それでも太ることはないだろうから羨ましい。
「なんだよ?」
「あ、いえ、紅葉は太るとかそういうことが気にならなさそうでいいなと思いまして」
「まあ確かに気にしたことはないな」
いいなあ、今年の夏なんて特に家から出ていないから贅肉が増えてきてしまっている状態だからなあ。
単純に動けばいいだろって話だけど。
「ほら、椛も転べ」
「はい――きゃっ」
……こういうところはあの人の方がいいかもしれない。
なんでも「いいんだよ」で片付けてしまう人ではあるし、色々と気になるところが当然のようにあるんだ。
それはこの人にとっても同じことだけどね。
……私の場合は気になるところがあるとかそういうレベルではないだろうけど。
「地味にショックだったんだぜ、直前にあんなことがあったのにあっさり他の男に切り替えたのかって」
「だから違いますよ」
私だって家から出たくなんてなかった。
色々とリスクもあったからできるなら一緒に行動なんてするべきではなかったと思う。
裏でこそこそと会っているだとか翼に言われても嫌だから。
「つか、寝ぼけていたんじゃなかったのか?」
「はい、トイレに行った際にちゃんと元に戻りました。正直に言ってやってしまった感があるからもう勢いで乗り切ってしまおうと思いまして……」
痛いところを晒したうえに朝に逆ギレして追い出し。
多分、私じゃなくても引きこもりたくなるレベルなはずだ。
「翼があの人と仲良くしているのを知って羨ましくなったことは本当です、先程言ったあなたと仲良くしたいというやつも本心からの言葉です、……信じてくれますか?」
「椛はそういうことを冗談で言える人間じゃないからな、信じるしかないだろ」
そうだ、冗談で言うような人間じゃない。
私が本当にそう感じているからこそぶつけさせてもらった。
「近くにいる異性が俺だけだからあのときは受け入れなかったんだ」
「確かにあなたしかいませんね」
「だろ? だから男友達を作ってほしかった、そのうえでこっちに来てくれたんならまあ……」
夏休みにそれは難しい要求だ。
あの人と仲良くすることは不可能だし、どうすればいいのかが分からない。
それに消去法じゃないんだ、彼だからこそいいというのに。
「私はっ」
「まあ待て、その話は今日はいいだろ」
「そうですねっ」
そんな難しい話は後回しでいい。
今はただただ、
「お祭り、本当は凄く楽しみにしていたんですから」
これだ、行けるようになったなら最大限に楽しまなければ。
「の割にはお前、祭りには行けない前提で話していたよな」
「だ、だって、あのときのあれで嫌われたと思って……」
「嫌ってねえよ、だから勝手に考えるなって言ってんだろ」
彼が寛容なのか私が考えすぎなのか、それがまた難しいところだった。
「多分足りないだろうから俺が夜飯を作ってやるよ」
「あ、じゃあ、足りなかったらお願いします」
そんなことはないだろうけど誰かが作ったご飯が食べられるのは普通にいい。
彼は調理スキルが高いようだから安心して食べられると思うし。
「そういえば浴衣とかあるのか?」
「いえ、これまで家族以外とお祭りに行ったことがなかったので……」
服屋さんに行けば安価な物が売っているみたいだけど買おうとは思わない。
そういうのはもっと元気な子が着ればいいのだ。
「そうか、それならしょうがないな」
「服装よりも楽しんだ者勝ちですから」
そこでだったら勝てる自信がある。
中々行けないからこそのハイテンションさを引き出せるかもしれない。
それで少しぐらい、彼を驚かせてやろうじゃないか。
「だな。でも、また空気の読めないことをして駄目になるんじゃねえか?」
「そんなことにはなりませんよ、今度こそ最後まで付き合いますから」
「って、海のときはちゃんと付き合ってくれただろ?」
「じゃあ今度も、です」
「ふっ、そうか」
……それでも多少はお洒落な格好をして挑みたいと思う。
横にいられても恥ずかしくはならないようなそんな感じで。
妹的扱いをされないようなそれぐらいの感じで。
「あの、髪を結ってください」
「お? おう、どんな髪型がいい?」
「あ、じゃあ上で結うやつ……」
「了解、髪が長いからやりやすくて助かるよ」
変われるように努力をしよう。
矛盾まみれの人生でも別にいいんだ。
暗い方に向かっていくよりはよっぽどいい。
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