第17話:大剣使いの魔法使い

 ようやく説得を終えると、僕たち三人は大食堂のテーブルに向かい合うように座っていた。




「えっと、それでエリシャちゃんは宿の店員になりたくて来てくれたのかな?」


「うんっ! ここなら、自分を鍛えながら生活していけるって聞いたの。エリシャ、Sランク冒険者になりたいから!」



 満面の笑みを見せながら言ってくるエリシャ。

 ただ、肝心のステータスは――。




―――――――――――――――――――――

【エリシャ・ラングリッチ】

レベル:1 性別:女 職業:冒険者(ランク:F)

HP:6/6 MP:25/25

筋力:1 耐久:1 魔力:4 精神:2 速度:1

スキル:【初級魔法(レベル:1)】

―――――――――――――――――――――




 僕に匹敵するくらいの弱小っぷりだった。


 しかも、このステータスでなぜか装備は大剣……。

 本当に自分の能力をわかっているのだろうか?


 そんな僕の考えをそのまま、遥が伝えてくれる。




「――Sランク冒険者を目指すなら、どうして適正のある武器を持たないのですか? 冒険者になる時に自分のステータスは教えてもらいましたよね?」


「うん、教えてもらったよ。エリシャは魔法の才能があるんだって。だから、剣も振って、魔法も使える万能冒険者を目指すの!」




 目を輝かせているエリシャ。

 確かにレベルを上げていけば、もしかしたら大剣の才能が目覚めるかもしれない。




「それなら、わざわざ宿で働かなくても、ダンジョンに潜って経験を積んだ方が早いと思いますよ? ここにいる魔物はその……、少々特殊ですから」




 遥が苦笑しながら言う。




「えっと、その……。もう他のFランクダンジョンには潜ったんだ……。全部返り討ちに遭っちゃって……」


「えっ? Fランクダンジョンなのに?」




 僕は配信でスパチャをもらう……、という特殊な方法を使っているから強い魔物も配置されているけど、通常のFランクダンジョンの基準は『レベル1の初心者冒険者でも攻略できるレベル』と指定されている。


 中でレベルを上げて、ボスも倒せる程度……。

 せいぜいEランクの魔物が配置されているかどうか……、というほどだ。


 他所のFランクダンジョンに挑んで返り討ちに遭うなら、そもそも冒険者としてやっていくのが厳しい気もするけど……。


 しかし、エリシャは全く諦めていない様子だった。




「このままだとその、ご飯も食べられなくなるから、別の仕事をしながら冒険者をしないと……って、そう思ってたときにこのダンジョンの噂を聞いてやってきたの。最低ランクダンジョンだけど、経験値を大量にくれるスラ妖精がいるって噂のこのダンジョン。で、でも、さすがに日本に知り合いはいないから、その……。りょ、旅費に全財産使ったから朝もご飯を食べてなくて――」




 そのタイミングで少女のお腹がかわいく鳴っていた。




 くぅ~……。




「あっ……。あははっ……」




 苦笑を浮かべるエリシャ。

 それを見ただけで、彼女の状況が大体把握できた。




「うん、事情はわかったよ」




 Fランクダンジョンでは、まともに稼ぐこともできないことは僕自身が良くわかってる。

 マスター自身もまともに稼ぐことができないのだから……。


 とりあえず、このままエリシャを放置して、野垂れ死なれたら夢見が悪い。

 この現代でそんなことあるはずない……、と思いたいところだけど、今のエリシャを見ていたら十分にそれが考えられる気がした。




「エリシャはパンとスクランブルエッグでいいかな? あっ、エリシャちゃんはコーヒーのほうがいい? 一応オレンジジュースにしておくけど、コーヒーが良かったら言ってね」


「えっと……、えっ?」


「奏さん、私は――」


「わかってるよ。砂糖三つ入れたコーヒーで良いんだよね?」




 恥ずかしそうに遥は頷いていた。




「あのあの……、ぱ、パンで大丈夫だけど、ど、どういうこと?」


「なら、準備してしまうね」




 僕はモニターから、DPで買えるものを表示する。

 その中にある、朝食セットを選択する。




 ―――――――――――――――――――――

【朝食セット】

 消費DP:3

 ―――――――――――――――――――――




 これを選ぶと更に詳細に、メニューを選んでいける。


 パンかご飯。

 おかず。

 そして、飲み物。


 それを選択肢終えた瞬間に、僕の目の前には焼きたてのクロワッサンと、色鮮やかなスクランブルエッグ。

 あとは、オレンジジュースが置かれていた。


 それを数回選択して、遥とエリシャの分も用意する。




「はいっ、どうぞ。ダンジョンへ入るにしても、宿で働くにしても、腹が減ったら戦ができないもんね」


「当然ですよね。食事はとっても大事ですよ」


「ほ、本当にエリシャがもらってもいいの? 食べちゃったら返せないよ?」




 エリシャは不安そうに言ってくる。

 しかし、その目は既にパンに釘付けで、よだれすら出ている。




「ははっ……、さすがに食べたものを返せ、なんて言わないよ。それはエリシャちゃんの分だから安心して食べて良いよ」




 僕がそういった瞬間に、エリシャは大急ぎでパンを口に入れていた。

 ハムスターのように両頬を膨らませて……、それでも口に入れることをやめない。




「そこまで慌てなくても、誰も取ったりしないからね」




 そう言いながら僕は、モニターを更に操作し、パンを追加で購入して、エリシャのお皿に置いていた。




「ふぁふぁっ!? ふぁりふぁふぉー!!」




 目を輝かせながら、何かを言ってくる。

 ただ、口いっぱいにものを頬張りながら言われても、何を言っているのかさっぱりわからない。




「とりあえず、食べ終わってからで良いからね」


「ふぉい……」




 それから再びエリシャは食事と格闘をしていた。

 その光景を僕はのんびり眺めているのだった――。




◇◇◇




 食事を終えると、お皿はエリシャが洗ってくれている。




「一食の恩を返すよ!」




 と言って聞かなかったから、仕方がなく任せていたのだった。

 とはいえ、小柄な体型のエリシャ。

 キッチンの流し台に全く手が届かないので、踏み台を追加で購入することになった。


 ただ、手が届かなかっただけで、家事自体は一通りできるようだった。

 皿を綺麗に洗い終えた後、僕たちの前に戻ってくる。


 そして、また頭を下げてきた。




「本当にありがとう! 助かったよ!」


「いや、このくらい大したことはないが……」




 今の手際を見ていた僕は、手招きして遥を呼ぶ。




「どう思う? 宿の店員としては十分すぎる戦力だと思うけど?」


「普通の宿ならそうですけど、ここはダンジョン前の宿ですからね。ちょっと、粗暴な人たちが現れることも想像できますから」


「なるほどな……」




 確かに遥の言うことも一理ある。

 このダンジョンは主に冒険者のために用意したものだ。

 だからこそ、相手がどれほど恐ろしい人物でも、しっかり対応しないといけない。


 また、冒険者だからこそ、力で解決しようとしてくる人が出るかも。

 そんな人から最低でも自分の身を守れるほどじゃないと、安心して任せられない。


 そう考えると今のエリシャに任せるのは、どうしても不安が残ってしまう。


 ただ――。




 俺たちの密談を不安そうに眺めているエリシャを見ていると、とても断ることはできない。


 そんな俺の気持ちを察してくれたのか、遥は一度ため息を吐いていた。




「はぁ……、わかりました。それなら、あの子をダンジョンで鍛えましょうか」


「そ、そんなことができるの!?」


「えぇ、奏さんのダンジョンならいくらでもスラ妖精が呼び出せますよね?」


「あっ……」




 DPが大量に必要になる。

 そうなると、僕は――。




「私とエリシャちゃんがダンジョンに潜りますから、奏さんはその間、配信をよろしくお願いしますね」


「やっぱりそうなるよね……」


「大丈夫ですよ。奏さんも一緒にダンジョンに潜って、その様子を配信すれば、全て解決ですから――」

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