最後に響いたのは始まりの音
くまゴリラ
最後に響いたのは始まりの音
(歴史に名を残したい)
その男は常々そう思っていた。これは承認欲求からくるものだと男も自覚はしていた。
この国で有名になる方法は俳優や歌手になるのが一般的だ。しかし、男には美貌も演技や歌唱の才能もなかった。
政治家になるという方法もあるが、男にはそんなコネがなかった。
逆に革命家になる道もあったが、それでは情報統制されてしまって国内で有名にはなれない。
そのため、男は有名になるための正攻法を捨てることにしたのだ。故に歴史に名を残すほどの行いをする。それが男の結論だった。
歴史に名を残す方法は限られている。
人類初の発見や偉業の達成、革新的な発明。もしくは、芸術における素晴らしい功績を残すことだ。だが、男は最初からそのような方法は諦めていた。何故なら、この国ではすべてが国に統制されているからだ。発明や発見、偉業、芸術のすべてが国の主導で行われる。すべての成果は国のものであり、国が選んだ広告塔の者が歴史に名を残すことになる。
そこで男は別の方法で歴史に名を残すことにした。
(ここまでくるのは長かったな……)
男は就職し、その他大勢の一人として真面目に働いた。二十年もの間、誰よりも働いた。
男はコネがなかったために出世することはできなかったが、希望の部署に配置された。そして、今日初めて希望だった仕事をすることになったのだ。
男が空を見上げると雲がゆっくりと流れている。男は雲の流れを見たまま、自分の指を舐め、頭上に掲げた。
(風の強さに上空との差はなさそうだな……。微風だ。パターンAだな……)
風の流れを確認した男は足元に鎮座する相棒に視線を落とす。旧式だが見栄え良く磨かれた相棒は、どことなく他の物より輝いて見えた。
(お前は他の物と違って、本来の仕事をするんだから当然だよな)
男は相棒を優しく撫でてやった。
「配置につけ!」
上司の指示で全員がすぐに移動を開始する。三人一組でそれぞれの相棒の周りに配置する。
上司の前に整然と並んだ二十一の組が右端から配置完了の知らせを行う。
「開始時刻は予定通りだ!」
上司の言葉に男は時計を確認する。仕事の開始時間まで後三十分。そして、男の計画実行まで三十一分四十五秒となった。
遠くから吹奏楽の曲が聞こえてくる。仕事の開始時間になったのだ。
「開始!」
上司の合図と共に右端の組から轟音が鳴り響く。さらに五秒後にその左隣の組から轟音が鳴った。五秒ごとに轟音が男達の組に近づいてくる。
「あれ?」
男達の組で相棒の魂とも言うべき物を持った一人の男が動きを止める。
「どうした?」
「なんか、訓練の時より重いんだけど……」
「訓練用と本番用は違うに決まっているだろ!」
男は焦りから、つい怒鳴りつけてしまう。その剣幕に動きを止めていた男は慌てて作業を再開する。
すでに轟音は二つ右隣まで迫っていた。
(間に合うか?)
男は相棒の向いている方向を大きく変えた。その計画になかった動きに同じ組の者達は反応できなかった。
相棒の方向を修正した男は斜め上を向いていた相棒をより空に向けた。
「お前、なに……」
他の者が男の動きを咎めるがすでに遅かった。男は歪んだ笑みを浮かべると相棒に繋がった紐を一気に引っ張った。
相棒からこの日二十一回目となる轟音が鳴り響くと、男の野望が大空へと放たれた。
男は正攻法ではない歴史への名の残し方、『暗殺』を実行することにした。
この国は周辺国との摩擦が多い国であった。別の大国とも一縮即発の状態であったほどだ。だが、その大国の大統領が変わると、この国への融和政策を始め、大統領も来訪するようになった。男はこれを利用することにしたのだ。両国の関係を考えれば、大統領の暗殺は戦争の引き金になる。戦争のきっかけとなった暗殺をしたとなれば、確実に歴史に名を残すだろう。
大統領などの元首が来訪する時には、国際的な慣例として二十一発の礼砲が放たれることになっていた。礼砲について、空砲で行う国は多い。しかし、この国では儀礼的な厳粛さを優先し、旧式の野戦砲で砲弾を発射していた。無論、本来であれば砲弾はただの鉛玉で大統領と逆方向の海に落下することになっていた。
男は軍に入り、真面目に仕事をこなすことで礼砲の射手に就任し、綿密に計算のもとにすり替えていた炸薬入りの砲弾を大統領の直前に着弾させたのだ。
男の暗殺は成功した。男の計画通りに大統領は吹き飛んだ。
現場はパニックとなり、大統領が来訪のために乗艦してきていた戦艦が報復の砲撃を敢行。それをきっかけに報復合戦は核戦争へと発展していった。
暗殺を成功させた男は歴史に名を残すことを確信しながら自害する。
しかし、男の名は歴史には残らなかった。何故なら、核戦争のために人類が滅亡してしまったからである。
最後に響いたのは始まりの音 くまゴリラ @yonaka-kawa
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