KAC20217 21回目

霧野

コロンブスのハムエッグ


─── やった。やっと、できた。きっとこれが理想の形。私、天才かもしれない!!


 土曜の朝、キッチンに立つ 廿一 らんはたひと    は、感動と興奮に打ち震えながらスマホで写真を撮っていた。

 フライパンを覗き込み、角度を変えては何枚も撮影する。


「なんで今までこれ思いつかなかったんだろ……いや、これ思いついたの人類初じゃない? やっぱ私、天才じゃない? ノーベル料理賞獲得じゃない?」


 ぶつぶつと独り言を言いながら撮影し続け、ようやく満足してスマホを置いた。


「これ、製作過程も撮っておくべきだったな。まさかこんなに上手くいくとは思ってなかったもんなぁ。ま、来週撮ればいっか」



 中学二年生、いや正しくは二年生になる前の春休み、彼女は究極のハムエッグを製作していたのだ。


 平日は前夜に冷凍したご飯をお茶漬けにするか、卵かけ御飯。それに簡単につまめるおかずという朝食が用意されている。

 だが、土曜と日曜の朝食だけは、彼女が好きなように作って家族に振る舞うのが習慣になっていた。



 彼女は焼きあがった究極のハムエッグを、慎重な手つきで厚切りのトーストに乗せた。皿を目の高さまで持ち上げ、様々な角度から眺めまわす。


 ふるふると震え輝きを放つ半熟の黄身。しっかりと火が通りつつも瑞々しさを失っていない柔らかな白身。下に敷かれたハムの、美しい焼き目と香ばしさ。そして、ちょっとお高めの4枚切りトーストの完璧な焼き加減、芳醇なバターの香り。

 完璧も完璧、これぞ究極のハムエッグトーストであった。



「長かった……」


 メモ帳を手に取り、ページをめくる。料理初心者の彼女の、これまでの戦いがそこには記されていた。


 最初の頃は卵を割るのにも失敗し、焦げたスクランブルエッグが続いた。スクランブルエッグが上達する頃には、卵を上手に割れるようになっていた。そして改めて目玉焼きに着手。好みの半熟加減にするにはどれくらい焼けばいいのか。フライパンの蓋は使うか、外すか。油の量は………など、幾度もの試行錯誤を繰り返した。

 やがて目玉焼きについては納得できるレベルに到達したものの、ハムエッグとなればまた別の問題が生じた。

 ハムの上に目玉焼きを乗せたいのに、どうしても卵が不細工に流れてしまい一体化しないのだ。こんなのハムエッグじゃない。ハムと、エッグだ!



 毎週ごとに繰り返された彼女の研究と実験。21回目の今日、ついにそれは成功した。


 丸いハムを十字に切り、それぞれの角を外側へ向けるようにフライパンの上に並べ替える。

 すると、ハムの4つの丸い縁がダイヤ形に似た空白を作る。その空白部分へ、そっと卵を割り入れる。

 そうすると、黄身が真ん中に鎮座し、なおかつハムがちょうど食パンのサイズぴったりになった、ビジュアル的にも完璧なハムエッグが焼きあがるのだ。


 まさに、コロンブスの卵的発想による勝利であった。



 ハムエッグトーストの傍にミニサラダを盛り付け、テーブルに運ぶ。テーブルには正座した父とまだ眠そうな弟が座って待っている。


「できたよ! 究極のハムエッグ!」


 高らかに宣言して各自の前に皿を置くと、父と弟が拍手してくれた。


「おお、すごいじゃないか。これは美味しそうだ」

「やったあ、パンの端っこまでちゃんとハムがあるぅ」


 パンの角に味がないとブーたれていた弟も、ご満悦の様子だ。


「いただきまーす」

「待て待て待て。お母さんにあげてからでしょ」


 らんは自分の皿を仏壇にあげ、お鈴を鳴らした。手を合わせて目を閉じる。


「お母さん、私、ハムエッグを上手に作れるようになったよ」

(お母さんみたいに、何品も同時に作るのはまだ無理だけどね)と、心の中で付け加えた。


 同じく手を合わせた父親が、背後で呟く。

「母さんが亡くなって、もう半年か。らんもよく頑張ってくれてるよ」


 弟が片目だけを開けて様子を窺い、そわそわしている。さっきまで眠たげだったくせに、食いしん坊め。


 らんは皿を持って席についた。実は弟に負けず劣らず、彼女自身もお腹が減っていた。


「さ、食べようか」

「いっただっきまーす!」


 弟は大きな口を開けてかぶりついた。父親とらんは、トーストの角をちぎり取って、黄身を絡める。ねっとりした黄身がとろりと流れ出て、きらきら光った。




(明日のゆで卵も、ぷるぷるトロトロの半熟にできるといいな)


 黄身の上に少量のケチャップを垂らしながら、らんは明日で21回目となるゆで卵の調理へ向けて作戦を練り始めた。



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KAC20217 21回目 霧野 @kirino

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