第10話

 帰宅したらまず次の日の服を選ぶこと。計画に従って私は記憶の中から何着か服を引っ張り出した。実際にあわせてみないと色のバランスがわからない。でも、一度部屋の床に座り込んでしまうともう立ち上がるのも面倒で、ただ隣の部屋に行ってタンスを開けるだけのことに、とても時間がかかった。

 それでも頑張らないと。これから一年間、ずっと同じことをするのだから。

 隣の部屋のタンスから思いついたままに上下の服を出して、自室に持ってくる。洗濯された下着がしまわれないまま重なっている場所にそれを置いた。どんな服を選んだところで、私は彼女たちのようにはなれないのに。あと一年。まだ一年。高校を卒業してから、一ヶ月しかたっていなかった。


 夕食を食べたくない。食欲がないのももちろんだが、何より面倒だ。なぜ家族に会うことがこうも億劫なのか、わからない。だが食べに行かなかったらさらに面倒なことになる。なんとか体を動かして、部屋を出た。

 夕食はつつがなく進行した。いつもと何も変わらない食卓だった。私だけが苛々して、家族と一緒にいるとますます不愉快になっていった。そういえば、言わなくてはいけないこともひとつある。

「これから昼のお弁当は作らなくていい。お昼ご飯は食べないことにした」

 今日の経験でわかった。私が予備校内で昼食をとることに利益はない。かすかにあったとしても、あきらかに不利益がそれを凌駕する。食欲もない。他人の前で一人、食事をしなくてはいけない。一緒に食べる友人を自分から作る気力もない。昼食をとるために友人を作るというのもおかしな話だろう。"友達は作るものではなく、できるものだ"。できないなら作らなくていい。必要ない。

 無理に食べれば胃が痛くなるだけだ。利益は、午後の授業で使うエネルギーを補えること。しかし残念なことに、昼食という作業そのものに使う労力で相殺されてしまう。ならばむしろマイナスだ。

 というようなことを、私は適当に話した。母親は本当に何もいらないのかと二回ほど聞いた。いい、と答える。

 そのあと、どういういきさつでそれを言ったのかわからない。母との会話で何か腹が立ったのかもしれない。

「正直もう二度と行きたくない」と私は言った。

 言った直後に自分で「まさかそんなはずはない」と思った。こんな馬鹿な本心が私の中にあっていいものか。口に出して初めて、私は自分がそう思っていたことに気づいた。

 案の定、母は「どうして?」と聞いた。父は不機嫌そうな気配を漂わせながらテレビを見て笑っている。息が苦しい。食べたものを全て吐き出してしまいたくなった。私はその場を適当にごまかし、帰宅した。

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