第5話
それからは度々予備校に行くことになった。クラスが決まって、入学式があって、教科書を買った。私の目には、誰もが誰かと一緒にいる絵ばかり映った。流行の服に身を包み、高いヒールの靴でもまっすぐに歩ける彼女たちは、とても輝いていた。目立ちすぎないよう慎重に選んだ服を着て、歩きやすいようにスニーカーをはいてきた私は、自分をとても幼いと思った。誰に見られているわけでもないのに、風景に溶け込めていない気がした。
予備校に行く前日の夜には、明日着ていく服を考える。頭であれとこれを組み合わせようと考えて、スカートとパンツは一日おきで、異性にも同性にも媚びないような、無難な、でも恰好悪くない姿を、懸命に作る。
高校を卒業した以上私を含めた同じ歳の女性は、少女ではない。察するに、歩きやすいようにという理由でスニーカーを履くのは、もう卒業なのだ。少しはかかとの高い靴を履かなくては。だがそんなに数がない。
去年買ってもらった青いサンダルがあった。シンプルなつくりでも趣きがあって、とても気に入っていた。今年も履くことになるのだろうと思い探してみたが、ついぞこの靴は見つからなかった。洋服にも問題があった。私はもう袖のない服は着られない。七部でも半そでも同じだ。肘から先がない服は駄目だった。それだけで、選択肢がぐっと減る。また買い物をしなくてはいけない。
電車に乗っていた二十代前半くらいの女性が、同じ予備校生だと知って驚くことが複数回あった。いつも私と同じ歳に見えないのだ。私が止まっている間に流れた時間は思うよりも大きかったらしい。黒くない髪や耳朶を貫く金属を見ることで、アスファルトを打つ靴音を聞くことで、私は焦りを覚えた。これから毎日、帰ってきたら次の日着る服を選んで、靴を選んで。朝起きたら髪も少しは整えて、日焼け止めくらいは塗って。そんなことを繰りかえさなくてはいけない。予備校で授業を受けるためだけに。馬鹿らしい。でもこれが新しい日常のルールなら、従う必要がある。いやな予感がした。
こうして私の新生活は幕を開けたはずだった。だが私はまたしても根本的な何かを見落としていた。理解と覚悟が足りていなかった。そのことを物語る断片を拾い集めるためにも、あの一日の出来事を振り返ることにしよう。
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