第4話

 予備校の入学手続き、教科書販売、クラス分けテスト。新たな日常が近づいてくる足音が聞こえた。金沢駅は遠かった。今までの私の生活圏が狭すぎたせいもあるだろう。家から出てバスに乗って駅に着いて、そこから電車で四十五分。金沢駅から予備校まで歩いて十五分。狭い県だと思っていたが意外と広い。よく歩くようになって、足が少し筋肉痛になった。そうか、これから毎日こうして歩くのか。


 予備校にはその狭い校舎、というか建物の中に、驚くほど人が収容されていた。あとで聞いた話では二百四十人。誰もが私服を着ているせいで、自分と同じ歳の受験生なのだという実感が薄い。髪を染めていたり、化粧をしていたりすると、完全に年上に見えた。




 新しい予備校生が一堂に会する最初の機会、クラス分けテストの日に、すでに生徒は二分されていた。

 午前のテストが終わると、広い教室で早くも仲良く会話しながら昼食をとる生徒が見受けられた。きっと同じ高校だったのだろう。でも、高校にいるときはさして親密だったわけではなさそうだ。だからぱっと見普通の友達だが、妙に空気が青い。それでも彼らはこれからちゃんと仲良くなっていくのだろう。

 それ以外の生徒は、皆居心地が悪そうに、携帯を開いたり耳にイヤホンをさしたりしながらもくもくと口を動かしていた。


 私の後ろの席でテストを受けていた少女も、その一人だった。もしかしたら違う階に友人がいたのかもしれないが、その時点ではひとりだった。自分の同類を嗅ぎ付けて喜んだわけではない。ただ私は、どういうわけかという思いに駆られて、彼女に声をかけた。他愛もない話で、もう思い出すことも難しい。少女は遠慮がちに返事をした。髪が長く、大きな瞳が一瞬私を見たのを覚えている。食事を邪魔するのもどうかと思い、私と少女の会話は五分ともたなかった。

 昼食用に買った菓子パンは目が痛くなるほど甘いはずなのに、あまり味を感じなかった。昨夜の欠食と夜更かしのせいもあいまって、胃は食物を受け入れるのを拒否していた。無理やり飲み込むたびに、じわりと冷や汗が浮かんだ。それとなく後ろを見ると、少女は食事を終え、参考書を開いていた。古文の単語帳。その瞬間、私は彼女に声をかけたことを後悔した。

 彼女に不快な思いをさせたかもしれない、などという加害妄想ではない。クラス分けすらされていない状況で、お互い同じ授業をとるかもわからない状態で、相手に好意的に思われるような態度をとった自分に腹が立った。


 高校時代の友人が、私にとってどういう存在だったかを思い出した。これは加害妄想だと断言できるが、彼女たちはおそらく、私の存在のために、それぞれ深く仲良くなることができなかった。私の存在が障害だった。


 私は中学時代の親友とのもつれから、歳の近い同性に上手く接することができない。私と彼女たちが友人となることは、互いにとって負担を伴う。症状が悪化して以来、人と関わること自体が大きな負担となっていた私が、どうして自ら誰かと仲良くしようとする必要があるのか。馬鹿馬鹿しい。そう思った。


 友達は作るものではない。気付いたら出来ているものだ。それでいい。差し伸べられた手はとればいいが、なにも私からでなくても。


 今までは、それで失敗していたのかもしれない。あの子も、彼女も、みんな「この高校は面白くない」と言っていた。つまらない。愛着がない。間違いなくその理由の中に私も含まれる。

 ならば、同じ過ちを繰り返す必要はない。これ以上罪を増やす必要はない。走馬灯のように、色のない日常が頭をよぎった。

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