4話「なんて言うか、非常に残念な奴だ」


 冒険者ギルドで給金を貰い、そのまま旦那や先輩達とギルドに併設された酒場でしこたま酒を飲んだ。

 もーあれな。周りに男しかいねーから馬鹿騒ぎでしたわ。

『龍の牙』に居た頃じゃ考えらんないくらい騒いだな。


 いやー楽しかった。これで明日も頑張れる。

 みんな良い人ばっかだしなー。

 まぁ冒険者だから当たり前か。


 この国じゃ冒険者って言えば「お人好し」と呼ばれる事が多い。

 好き勝手させたら自分たちの飯のことも考えないで人助けしちまうから、それを止めるために冒険者ギルドなんてもんが出来たくらいだ。

 まぁ、俺もその馬鹿の一人なんだけどさ。


 困っている人が居たら、自分に出来る範囲で助ける。

 助けられたら、それを他の人に返す。

 そしてやがて、世界中が幸せになるんだと。

 俺が育った場所で最初に教えてもらったことが、それだった。


 独り立ちした今じゃ甘ったるい綺麗事だって分かってる。

 でも、俺が尊敬した人の生き方だから。これだけは変えられない。

 自分でも馬鹿だなーって思うけどさ。

 仕方ないだろ。それが俺なんだし。



 みんな元気にしてるかな、なんて考えていると、宿屋の前に人陰が見えた。


 んー? あれ、さっきの女の子か?

 なんか人を待ってるっぽいな。


「おう、どうした? 待ち合わせかー?」

「あっ! セ……じゃない、ライさん! おかえりなさい!」

「お、おう? ただいま?」

「私ライさんを待ってたんです!」


 ……はぁ? 俺を?


「いや、なんで?」

「改めてお礼を伝えたかったのと、あとお願いがあって……」

「んじゃおやすみー」


 迷わずスルーすることにした。


「え、ちょっ、待ってください!」

「嫌だよ! お願いとか最悪の言葉じゃねぇか!」


 脳裏に浮かぶ、ルミィの笑顔。

 うっわ鳥肌立ったわ。


「まず話だけでも聞いてください!」

「あーもー……聞くだけな?」

「ありがとうございます! その、ですね……」


 ……あ。やっぱりなんか嫌な予感がする。具体的には、面倒事の気配が。


「私を弟子にしてください!」


 ほらな。俺の勘は当たるんだよ。悪い時だけ。


「弟子って何の弟子だよ。外壁修理なら旦那に頼めよ」

「違います! 冒険者としてのです!」

「……あのなぁ。俺はただの凡人だぞ? だからパーティー抜けてきたんだし」

「お願いします! 私、強くなりたいんです!」


 真剣な表情。切羽詰まった顔だった。

 ……んー。これ、断りにくいんだけど。


「一応、理由だけ聞いていい?」

「はいっ! ぶっ殺したい人がいるんです!」

「おやすみー」

「ああっ!? 待って!」


 腕を掴まれた。いや、離せよサイコパス。

 キラキラした眼でなんつー事言ってんだお前。


「どうしてもぶっ殺したい人がいるんです! 私を鍛えてください!」

「人殺しに手ぇ貸す訳ねぇだろ!?」

「もし弟子にしてくれないなら……冒険者ギルドに行きます!」


 ……はぁ。それで? 依頼でも出すってか?

 そんなもん誰も受けねーだろ。


「そしてライさんの本名を暴露ばくろします!」

「まさかの脅迫きょうはくかよ!?」


 マジかこいつ。どんだけ頭ぶっ飛んでんだ。

 俺、一応命の恩人だぞ?


「さぁ、私を弟子にしてください!」

「あー……てかお前さ。そもそも戦えんの?」

「攻撃だけは自信があります!」

「そりゃあな。そんだけでけぇ武器なら威力はあるよな」


 背負っている剣は、身の丈に合わないほどデカい両手剣だ。

 全長二メートル、重さは四キロくらいの大物。

 普通に考えて女の子が振り回せるもんじゃない。

 そりゃ当たれば強いだろうが、そもそも振れねぇだろ、それ。


「筋力には自信があります!」

「ほぉ。具体的には?」

「毎日この剣で素振り千回してます!」

「マジかお前」


 え、なに、使えんの? 両手剣を? その華奢な体で?


 ……あーはいはい。あれか、こいつも魔法使える感じか。

 確かに身体強化は初歩中の初歩だし、魔法使える奴なら誰でも簡単に使えるからなー。


「てか、それ振り回したらデザートウルフくらい倒せたんじゃねーか?」

「いやその……長旅で疲れ果てていたので……」

「お前、よく今まで無事だったなー」


 計画性無さすぎだろ。マジで。


 長旅に必要なのは十分な休憩と補給だ。

 無理をせず、余裕を持って食事や水分を補給して、常に何があっても対処できるようにするは基本中の基本。


 そんな事も知らないようじゃ、マジで駆け出しだな、この子。

 ……放っておいたら、死ぬかもしれないな。


 仕方ない。運が悪かったと思って付き合ってやるか。

 それに、俺の代わりに魔物と戦ってくれるんなら楽できるしな、なんて事を思うあたり、自分でもどうかとは思うけど。


「……分かった。基本だけ教えてやるよ。ただし、俺は弱いからな? 知識しか無いから実践は自分で何とかしてくれ」

「えぇと……え? いいんですか?」

「なに意外そうな顔してんだよ。脅迫までしてきたくせに」


 なんだかなー。こいつと話してると調子が狂う。

 あれだ。真っ直ぐすぎるんだ、こいつ。

 直進しか出来ない馬鹿だから、放っておけないって言うか。


 ……うーむ。まぁ、故郷の誰かさんを思い出しちゃったもんな。


「とりあえずお前、名前は?」

「あ、はい。アルテミスっていいます!」

「んじゃアルなー。宿取ってんのか?」

「いえ、今からです!」


 現在時刻。二十三時頃である。

 宿の部屋が空いてる訳無いだろ、こんな時間に。

 こいつ、どこまで計画性が無いんだよ。


「おい、あれか? 今日は野宿でもすんのか?」

「え? 私野宿なんてした事ないですよ?」

「……だよな」


 …………これは、仕方ない、のか? 非常に嫌なんだが。

 あーでも、放っておくよりはいっか。仕方ないと割り切ろう。


「おっけー。アル、今日は俺の部屋に泊まってけ。んで、明日改めて宿を取れ。しばらく街にいるんだろ?」

「へ? はい、そのつもり、ですけど……いいんですか?」

「よくねぇよ。けど、砂漠で何の装備も無しに野宿したら凍え死ぬからな。今回だけだ」


 夜の砂漠は昼の暑さが嘘のように冷え込む。ちゃんとした用意が無いと凍え死ぬ他、夜行性の魔物が居たりもするからかなり危険度は高い。

避けられるなら絶対に避けた方が良い訳だ。

 なんだけど……うわぁ。嫌だなぁ。


「わわ。ありがとうございます!」


 元気よく頭を下げられた。なんだかなー。悪い子じゃ無さそうなんだけど……

 あーもう面倒だ。酒飲んでて頭も回んねぇし、明日考えるか。


「んじゃ行くぞ、アル」

「はいっ!」


 子犬みたいに着いてくるアルに、ちょっと笑ってしまった。

 物騒な事言わなきゃ普通の女の子なんだけど。


 なんて言うか、非常に残念な奴だ。

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