3話「これも日頃の行いかな」


 全力ダッシュ。それはもう、ガチな走りだった。


「ぅおらあぁぁぁ!!」


 恐怖を誤魔化すように叫びながら、走る。

 目標、デザートウルフ。ていうか、そいつらの前にいる人。

 よく見ると女だな。馬鹿デケェ剣背負ってフード付きのマント着けてっけど、線が華奢で胸がかなりでかい。


 あー……女とは出来るだけ関わりたくねぇけど。まぁ、しゃーねーか。

 人命救助だ。この際、ガタガタ言ってられねぇしな。

 走りながらアイテムボックスに手を入れて、あれでもないこれでもないと、ポイポイといろんなアイテムを放り投げる。

 その中から一つ。目的のものを取り出した。

 よし。犬系の魔物ならこれが効くはず。


「目ぇつぶれ!」 


 スリングショットに玉を装填して、すぐさま狙い撃つ。

 真っ直ぐ飛んだ玉は見事にデザートウルフに命中し、赤い中身をぶちまけた。

 デザートウルフが悲鳴を上げて怯む。


 よっしゃ、大当たり! これで一匹潰した!

 んじゃ、逃げるとしますかねー!


 女を担ぎあげて全力疾走。追いつかれたら死ぬ鬼ごっこだ。

 なぁに、慣れたもんだ。追いつかれなければ大丈夫さ。

 大丈夫だって、分かっちゃいるんだけどさー。



 マ、ジ、で! こえぇ!! くっそ、ワンワン吠えてんじゃねーよ!

 てか思ったより近ぇな、おい!?



「おい新入り! もうちょいだ、走れ!」

「これが限界ですって!!」

「もうすぐ冒険者が来る! 逃げ切れ!」


 あーいや、無理じゃねーかなー。

 たぶん先に身体強化が切れるわ。

 やっべ。どうすっかなー、これ。


「……あの! 私を置いて逃げれば助かるんじゃないですか!?」

「はぁ!? 何言ってんだお前!?」

「だって! 貴方まで死んじゃいますよ!」

「知るかくそったれ! お前置いてったら後味悪いだろうが!」


 アイテムボックスに手を突っ込み、次の玉を取り出す。

 片手が塞がってるからスリングショットは使えない。


 当たればラッキー。外れたらまぁ、そこそこやべぇけど。

 でもまぁ、この距離なら流石にな。


「おらぁ!」


 至近距離から顔面に投げつける。よっしゃ、当たった。

 キャンキャン悲鳴を上げて転げ回るデザートウルフを見て、そのまま速度を落とさず走り続ける。


「あの、それなんですか!?」

「唐辛子とコショウ入りの目潰しだよ。動物系の魔物にゃ効果抜群だろ?」


 あいつら鼻が良いからな。そこにぶちまけてやれば、大抵の場合は動けなくなる。

 地面が硬けりゃ足元に投げつけるんだが、あいにく砂漠だし、直接当てるしかないんだが。


 ただ、見ての通り。当たりゃあ一発だ。


「小細工なら任せろって。それだけが取り柄なんでなー」


 デザートウルフは残り一匹。さてさて、これならやれるか?

 行きに方投げていたアイテムをひょいと大股で飛び越えながら、ちらりと後ろを振り返ると。


 ガチャンッ!


「ギャンッ!?」


 よっしゃ。


 散らばったガラクタの中から、剥き出しになっていたトラップトラバサミがデザートウルフの足に噛み付いた。

 これでもう、あいつは動けない。何せ重り付きだしな。

 よっし。さぁて、逃げるか!

 道具もほとんど使わずに済んだし、今日はついてるなー。


「さぁて、もうひと踏ん張りだ!」


 女を肩に担ぎ直し、そのまま走る。


 てか、よく見るとこいつ、ちいせぇな。

 その割にでけぇ剣持ってるし、なーんかチグハグだな。

 駆け出し冒険者、ってところか。デザートウルフに襲われるなんて運がなかったな。


 ……いや。生き残れたから、運が良かったのか。



 街門で待っててくれた皆の元に滑り込む。

 それと同時に、身体強化が切れた。


「新入り! 大丈夫か!?」

「あー……すんません、後頼みまーす」

「よっしゃあ! 後は俺たちに任せな!」


 武装した冒険者のパーティーが入れ違いに走っていく。

 もう大丈夫だな。あー、しんどいわー。


「新入り、お前根性あるな!」

「いや、マジで怖かったですよ。助かって良かったー」

「後で酒奢ってやる! よくやった!」

「お、マジですか。あざまーす」


 おっしゃー。人助け、してみるもんだなー。

 いやまぁ、二度とやりたくねーけど。

 狼、マジでこえぇわ。



「……あの。ありがとうございました」

「ん? いや、礼なら旦那に言ってくれよ。俺はただ走っただけだし」


 ……おっと? よく見ると結構可愛いな、この子。

 フードの中から零れた長い金髪がキラキラしてるし、顔立ちも結構……てかかなり整ってる。

 ちょっとタレ目っぽい碧眼が印象的だ。


 でもなんだ、その鎧。フリルめっちゃ着いてんじゃん。

 デカい胸元も強調されてっし、何と戦う気なんだよお前。


「いえ、直接助けてくれたのは貴方なので。あの、お名前を聞いてもいいですか?」

「あー、なに、名前? 俺はセイだよ」

「……えっ!?」


 ……あ。やべ。うっかり名乗っちゃった。


「セイってまさか……『龍の牙』の!?」

「いやいや、人違いです」

「こんな珍しい名前、そういませんよ!?」


 あーくそー。しくじったわー。

 せっかく名前隠して仕事もらってたのになー。


「よし分かった、落ち着いてくれ。周りに知られると困るから」

「あ、すみません……」

「……ん、おっけー。バレてないな。あー焦ったー……」


 でもあれだな。こりゃなんか偽名でも考えないとな。

 んー……じゃあ、『ライ』でいっか。


「俺のことはライって呼んでくれ。ただの一般冒険者。おーけー?」

「わかりました! あ、でも私……」

「んあ? どしたー?」

「ごめんなさい、お礼に渡せるお金、持ってなくて」


 はぁ? お礼の金が無い?


「いらんわそんなの。人助けに金とるほど落ちぶれてねぇよ」

「え、でも……」

「いいか? 自分の出来る範囲で、無理ない程度に人を助ける。そんで、助けられたらまた違う誰かに手を貸す。

 そうやって世界は回ってんだよ」


 んで、最終的にはみんな幸せってね。

 これは俺が育った場所の教えだ。

 綺麗事だなんて、俺が一番よく知ってるよ。

 世界はそんなに美しいもんじゃないって、実体験してっからなー。


 でも、これだけは、何があっても曲げれない。

 いつも心のど真ん中にある、俺の芯だ。

 

「分かったらほれ、みんなに礼言ってきな。可愛い女の子の礼となっちゃー立派な報酬だろ」

「あ、えっと……じゃあ、行ってきます!」

「おう。またなー」


 ひらひらと手を振り、日影に倒れ込む。

 いやー、しんどいわー。今回は本当に運が良かった。

 玉は当たるし罠も効いたし、良い事がかさなったな。


 これも日頃の行いかな。

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