第630話 大事になっていた

SIDE:教国 聖女(TSブービー)


「お待たせしました」


 外出できるのは夕方だと聞いて、祭壇の後ろの特別室でだらけていた聖薬の聖女TSブービーのところにシスター・アントニーナが現れた。

不意を突かれて聖薬の聖女TSブービーがぽかんと口を開けて呆ける。


「夕方だって言った……」


「頑張りました」


 シスター・アントニーナが褒めて褒めてという顔で笑う。


「そうなの?」


 頑張ればどうにかなるとは思えなかったが、とりあえず同意しておく。


「聖女様、此度はどのような神託なのでしょうか?」


 シスター・アントニーナの後ろから大司教の1人アダーモヴィチ大司教が顔を出す。

そして揉み手をするかの如く下手に出た態度で訊ねた。


「はい?」


 その期待に満ちた顔に聖薬の聖女は嫌な予感がした。

大司教たちは、いつもは昼ぐらいに聖殿で定例会議をしている。

当然信者の入室を止めてだ。

神託――神の啓示は、その時に聖薬の聖女から報告するのが常だった。

神様もなぜか、時間を合わせる傾向があった。


 それが今日は大祈願祭で夕方まで信者の出入りがあるという話だったわけだ。

それがどうして、今、神託があったことになっているのか?

だが、それは外出するためには、乗り越えなければならない試練だった。


「そのために大祈願祭を途中で切り上げたのです。

早く神託を授けてくだされ」


 この時初めて、聖薬の聖女は大事おおごとになっていることに気付いた。

自分の外出のために大祈願祭が中止されていたのだ。

それが、たかが3人の聖騎士に会いたいだけだとは言い出せない空気だった。


「(何やらかしてくれてるのよ! でも、こうなったら……)」


 どうせ本当の神託かどうかは誰にも判らない。

そう聖薬の聖女は思って、嘘の神託をでっち上げる事にした。

外出するために。

いや、その嘘の神託を利用して3人組に会おうと動いた。


「3人の聖騎士が戦いの勝敗の鍵を握るというお告げです。

女神様の代わりに私が直接会って、戦勝祈願の祝福を授けなければなりません」


 こう言えば3人の聖騎士たちに会える。

そう思っての嘘だった。


「なんと! 神の祝福が齎されるのですね?」


 アダーモヴィチ大司教が恍惚の表情を浮かべて神に祈りだした。

なんらかの幸福物質が脳内にダバダバ出てしまっている様子だった。

それを聖薬の聖女は「宗教やべー」と冷めた目で見ていた。


「して、その3人の聖騎士とは、誰のことですかな?

聖騎士だけで数千人はいますが?」


 聖薬の聖女の顔が固まる。

3人の名前を知らないから、手紙でも困ったのだ。

ここで3人を特定する唯一の手段、それはアレックスの名を出すことだった。


「アレックス様に従う、配下の3人の聖騎士様です」


 だが、それは危険な行為だった。


「アレックス様?

どうして聖女様がアレックス様の名を知っているのですか?」


 アダーモヴィチ大司教の声のトーンが下がり、不審な目を向けて来ていた。


「え?」


 聖薬の聖女は戸惑った。

まさかアレックスは偽名を使っていたのかと。

アレックスの名を知っているのは限られた人間だったのかと。


「(そういえば、彼が自分に名乗ったことは無かった!)」


 聖薬の聖女は重大なミスに気付いた。

彼がアレックスだと自分が理解しているのは、自分がアレックスの顔を知っていたから認識できたことだった。


「(やっちまった)」


 これでは自分がアレックスと面識がある、つまり召喚勇者であることがアレックスにバレてしまう。

聖薬の聖女は、そう気付いて冷や汗をかいた。


「すみません。私が教えてました」


 突然、シスター・アントニーナが手を挙げ畏まって謝罪した。

そう、手紙を3人組に渡そうとした時に、3人組の正体を探るために訊ねた結果、「聖女様をご存じで、レターセットを使うとなると……。アレックス様とその配下の御三方かと」とシスター・アントニーナが発言していたのだ。


 つまり、聖薬の聖女はアレックスの名を一言も発しないうちに、シスター・アントニーナから聞いていたことになっていた。


「そ、そうよね。シスターから聞いたんだったわ」


 聖薬の聖女は、ピンチを乗り切った。


「むやみやたらに、あの方の名を口にしてはなりません。

聖女様だったから良かったものの、余所に漏れていたら……」


「申し訳ありません」


 シスター・アントニーナが、背筋を90度曲げて謝罪した。

どうやら、この教国にアレックスが居ることは、外部に漏れてはいけないようだった。


「(これはアレックスも外の敵を警戒しているのね)」


 聖薬の聖女は、ますます3人組を解放しなければならないと思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る