第622話 手紙

SIDE:教国 聖女(TSブービー)


 お世話係のシスター・アントニーナから受け取った手紙は、2通あった。

2通は差し出しタイミングが違ったようで、おそらく1通目は聖女に渡すことなく処分される可能性があった。

見た目の撚れ方からも、邪険に扱われたフシがある。


 本来ならば、お世話係が勝手に聖女に手紙を渡すなど許されざる行為だろう。

セキュリティ上、なんらかのチェックが入ってしかるべきだからだ。


 大聖堂には、不特定多数の信者が礼拝に訪れる。

そんな信者の手紙をいちいち教会上層部や秘匿されている聖女様に届けるなどあってはならない。

地球では有害な細菌や毒物、果ては爆発物が仕込まれた手紙が届けられたという事例がある。

この世界でも、そういった懸念は持たれるべきだろう。

特にこの世界では、この異世界特有の魔法や呪いなどを手紙に仕込まれることが有り得えるのだ。


 では、なぜこの手紙が届いたのか?

それは、手紙の主が、この大聖堂に聖女がいると認識していたこと。

羊皮紙ではなく、高級な植物原料の紙が使われていたこと。

そして、知らない文字日本語で書かれた手紙が先に届けられていたことが原因だった。


 聖薬の聖女の存在は教会上層部の極秘事項だった。

その聖女宛ということは、差出人は秘密を知る教会上層部の誰かということ。

この世界、未だ一般市民は羊皮紙どころか板を手紙に使っている。

つまり、植物性の紙を使うのは上流階級だけということ。

知らない文字日本語が聖女の書く言語に似ていると、2通目で宛名が聖女だと知ってからシスター・アントニーナが思い出したことによる。

さらに見た目は同一のラブレター。

お世話係としては、お節介を焼きたくなるというものだろう。


「え? 日本語?」


 そのちょっと撚れた手紙の文字を見て、聖女は驚き、そして警戒した。

自分が教国に召喚勇者日本人だとは気付かれていないはずだったからだ。

アレックスも私が日本人だとは気付いていなかったはず。

せっかく正体を隠して聖女となったのに、それがバレたのかと焦ったのだ。

まあ、地球の兵器を錬成できるというだけで、疑われても仕方ないのだが、なぜかそこは気付かれていないと思っているようだ。


「脅迫? それとも……」


 聖女が恐る恐る手紙を開封する。

封筒に蝋封がしてあり、それを剥がすと中から手紙が出て来る。

現代人ならば、それはごく普通のレターセット――蝋封は普通じゃないか――だが、この世界では恋文セットとして特別に販売されたものだった。

聖女はその様式がこの世界で最近流行っているラブレターだとは認識していない。

地球では普通のレターセットだし。


『助けて聖女様。

聖女様は薬が作れるんでしょ?

俺ら3人は悪いやつに支配されてる。

その支配を解除する薬を作って欲しい。

俺らは大聖堂には入れない。

なんとか外で会えないだろうか?』


 その内容を見て、聖女はアレックス配下の3人だと理解した。

やはり3人は、アレックスに支配されていたようだ。


「こちらから支配を解いて味方にしようと思っていたのに。

これは好機だわ」


 向こうも支配から逃れようとしている。

その事実を知って嬉しくなったところだが、急に聖女の顔が曇った。


「ちょっと待って。

どうして日本語で?

私という存在は消したはずなのに……。

まさかアレックスの罠?」


 自分がアーケランドから逃げた召喚勇者だということを疑われたのか?

そして、ノコノコと釣られたあげく正体が露呈し、その首魁だったアレックスの手に落ちるのはまずいと聖女は思った。

そもそも支配されている者が、助けてなどという感情になるのか?

聖女は神の啓示と万能解呪薬(特上)が無ければ、支配されていることすら気付けなかった、そう思い出した。


「罠ならば、接触するわけにはいかないわ。

でも、どうにかして彼らに万能解呪薬(特上)を飲ませたいところね」


 聖女は3人の申し出を罠だと疑った。

アレックスに正体を気づかれるのだけは避けたい、支配から逃れたと気付かれたくない、その警戒心が1歩踏み出すことを躊躇わせていた。


「そういえば、もう1通あったんだった」


 手紙はもう1通あった。

それは現地語で書かれた、おそらく新しい手紙だった。

その理由に聖女が気付く。


「そうか、彼らは私に日本語が通じない可能性を考えたのね。

つまり、私が召喚勇者の1人だとは気付いていない?」


 2通目の手紙の存在が罠だという懸念を払拭した。

聖女を現地人だと思ったから、2通目を書いたのだと理解したからだ。

おそらく1通目はうっかりミス。


 彼ら3人は、聖女の時とは違うタイミングで召喚された勇者たちだった。

聖女が女性化しているとはいえ、相手が同級生ならば、顔を合わせただけで正体がバレかねない。

その危険が無いだけでも、会う価値がありそうだった。


「彼らに会ってみよう。

お茶を用意して、そこに万能解呪薬を入れておいても良いわね」


 罠だとしても、強制的に解呪してしまえば、3人はアレックスを裏切るかもしれない。


「この世界の言語で返事を書こう」


 それにより、自分が現地人だと思ってもらえる。

そう思って聖女はペンを手にした。

そして、気付く。


「どうやって手紙を届ければ良いの?」


 彼らは自らの名を名乗っておらず、手紙の受け渡しどころか、会おうというのにその場所すら指定していなかった。

まあ、手紙を第三者に見られた時のことを考えたのだろうけど、見る人が見れば3人とはアレックス配下の3人だと解かるし、そもそも手紙の主が判らなければ、会おうとも思ってもらえないところだ。


「ああ、こいつら基本的にアホだ」


 住所1つでほぼ正確に手紙が届く、そんな世界ではないのだ。

そもそも、その住所すら書いていない。(無いからね)

こうなったら、大聖堂の外に出て、直接接触するしかないと、聖女は思うのだった。

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