第620話 ダメージ
モドキンが周囲に毒を巻き散らし、教区教会を制圧するのに、時間はかからなかった。
このように大規模な毒を使うことを躊躇っていたのは、その汚染が土地に残ることを危惧したからだった。
風による周囲への拡散被害も懸念される。
ところが、モドキンは毒のスペシャリストであり、そのコントロール――風魔法を使用していた――も出来るし、毒の中和までやって見せた。
つまり環境に配慮した化学兵器だった。
「毒を盛られた被害者は喜べないけどな」
俺は毒の及ばない上空から現場を見下ろしていた。
教国がせっかく用意した現代兵器も、何もかもが無駄になっていた。
それを扱う人が動かなくなっているからだ。
「忌避感と罪悪感が酷い」
過去の為政者が大量破壊兵器を使えたのは、その現場を見ていないからだろう。
これはえぐ過ぎる。
俺は心にダメージを受けた。
今までもオトコスキーが魔法で大部隊を消滅させたことがあったが、俺はその現場を見ていない。
侵攻して来る侯爵軍という記号と数字を認識していただったのだ。
そこに1人1人の遺体が転がっていると思えば、躊躇していたかもしれない。
思い返せば、GKの配下という森の掃除屋がいたのも救いだったのかもしれない。
「モドキン、ご苦労だった」
毒が完全無害化され、出番の終わったモドキンを送還する。
後始末は他の者の仕事だった。
「死屍累々とは、このことだな」
地上に降り立つと、被害状況が違って見える、
この現場は酷すぎだった。
毒消しのポーションを手にしつつ息絶えた者。
首筋を掻きむしってもがき苦しんだまま硬直した者。
誰もが、苦しんだ末に亡くなっていた。
「これは?」
なぜかアクセサリーに短剣を突き刺して破壊している、意匠の立派な服の指揮官と思しき人物がいた。
「なんでアクセサリーを?
気でも狂ったのか?」
そんな謎の行動をとるのも苦しんだ
あまりに人道に反する結果に、俺の神経がすり減る。
「ああ、だめだ」
暗黒面に落ちる心配が無いから安心なんてことはなかった。
精神的ダメージはそのまま来るのだ。
だから癒しが必要なのだろうな。
「だが、仕事はしないとな」
このまま兵器を残せば、教国が他の者を連れて来て使わせるだろう。
それだけは阻止する必要がある。
俺は、危険な現代兵器と、それを参考に現地製造された兵器群をアイテムボックスに収納して行った。
それはその兵器を使おうとしていた遺体と向き合うことでもあった。
「【眷属召喚 キラト】」
「主君、お呼びですか?」
キラトが魔法陣の中から現れる。
「ゴブリン軍団に、これら遺体の埋葬を頼む」
「承知」
キラトがゴブリン軍団を召喚する。
これから数千の遺体を葬らなければならないのだ。
さすがに人手が必要だ。
埋葬と言っても、大穴を掘ってそこに放り込み、埋めるだけだ。
宗教的な儀式があるわけではない。
それでも、疫病防止など衛生面のために、遺体を放置するわけにはいかなかった。
◇ ◇ ◇
SIDE:教国 聖女(TSブービー)
「聖女様、よろしいですか?」
中央教会の大聖堂、その祭壇の後ろに隠し部屋があった。
そこは聖女の居室だった。
聖女といっても、市井に出て布教をする名ばかりの聖女ではなく、奇跡の力を持つ真の聖女と呼ばれる特別な聖女のことだ。
その存在は、教国上層部――教皇、枢機卿、大司教――とお世話係のシスターしか知らなかった。
声をかけたのは、そのお世話係のシスター――シスター・アントニーナだった。
彼女は、聖女の身の回りの世話、特に食事の用意と配膳で定期的に聖女の元を訪れていた。
「シスター・アントニーナ、どうしました?」
いつもと違う時間に現れたシスター・アントニーナに聖女は思わず驚きの声を上げてしまった。
隠れてしていたあることを気取られたのかと焦ったようだ。
「大聖堂にお手紙が置いてありまして、聖女様宛だったもので」
そう言うと、シスターは手紙を2通差し出した。
実はシスターが手紙を発見したのは2度目だった。
1度目は文字が読めず、誰宛かも判らなかったため、スルーされていたのだ。
そして、今回発見した手紙が聖女宛だったために、前回のものも聖女宛だったのだろうと、一緒に持って来たのだ。
「ありがとう。それだけ?」
「はい」
聖女の声が多少邪険に聞こえた。
それを感じ取ったのか、シスター・アントニーナは慌てて退室して行った。
「ちょっと、そっけなかったかな?」
焦っていたとはいえ、そっけなかったかと聖女が反省する。
だが、彼女はアレックスに隠れてすることがあった。
それは召喚勇者3人の誰かとの接触だった。
しかも、彼らはアレックスに支配され、手先となっている。
接触したことがアレックスに発覚しないようにしなければならなかった。
「それよりも、どうやって誘い込もうか。
そして、どうやって【万能解呪薬(特上)】を飲まそう?」
そのための準備に余念のない聖薬の聖女だった。
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