教国の聖女

第594話 過去

Side:???


 教室に転校生が入って来たとき、私は胸の高鳴りを抑えきれなかった。


「カワイイ、ドストライクだわ」


 でも、この田舎ではそんな感情を抑えるしかない。

田舎は保守的で、考え方が世間から遅れているから。

私もその田舎に合わせるしかない。

それがこの小さなコミュニティで生き続ける術なのだ。


 転校生が自己紹介を始めようとした時、異変が起きた。

教室内に魔法陣が出現し、その範囲を広げていく。

私は教室の一番隅の真ん前の席だった。

それは転校生に一番近い席で、転校生の動きが良く見えた。


 彼が一歩後退るのが見えた。

その時、どうしてそうしたのかは判らない。

けれど私はその行為が危ないと思ったんだ。

私は思わず席を立つと、転校生の青いブレザーを引っ張った。

転校生は身体の半分が魔法陣の外だったのだ。

私も右足が魔法陣から出てしまっていた。



 ズキリと頭痛がして目を覚ますと、私たちは森の中に倒れていた。

あの魔法陣は異世界転移だったのだ。


 私は転校生を気にしつつも、クラスの不良グループと一緒に行動せざるを得なかった。

隠そうとしてもバレるもので、半分脅しのような感じでグループに入れられてしまったからだ。

そして、私自身も身を護るために、不良グループの一員として演じざるを得なかった。


 不良グループ内には序列があり、この異常事態に半強制で男女ペアを組まされた。

この世界が異世界だと認識し、この世界で生きていくための伴侶が必要だと、リーダーの金属バットが判断したからだ。

彼は元々恋人が居たから良いけど、私なんか勝手に相手を決められてしまった。

なんて不幸なんだろう。



 私たちは生きるのに必死で、慌ただしい毎日を送っていた。

そんな中、私たちは委員長たち、残りのグループと逸れてしまった。

そういえば、あれから転校生と話すことも出来なかったな。

私の事を知ったら、気持ち悪がられるかな?

そう思うと話しかける勇気が湧かなかった。


 そんなおり、私たちはアーケランド王国の捜索隊と遭遇した。

勇者召喚をした張本人の国が私たちを探していたのだ。

私たちはアーケランド王国に保護されることになった。


 アーケランドでの生活は最悪だった。

彼の国は、召喚勇者が持つギフトスキルによって差別をしたからだ。

私のギフトスキルは「鍛冶神の加護」。

教会で得たジョブは錬金術師。

それにより待遇に明らかな差が出来た。

アーケランドでは、戦闘職以外、特に生産職を差別していたのだ。


 最初は錬金術師として役に立つかを調べられた。

だが、私のスキルは仕事をしなかった。

本来ならば鍛冶師のジョブを得るところを錬金術師になってしまった弊害だろうか。

錬金術師としての初歩の初歩の錬成も出来なかった。

その結果、彼らは私に武器を持たせて訓練を開始した。

レベルが上がればスキルを覚え、化けるかもしれないということだろう。

有効なスキルを得なくても、召喚勇者としての初期能力で、騎士程度には育てられると踏んだこともあった。


「キャッ!」


 訓練中、思わず出た悲鳴に、私の育成を手伝ってくれていた護衛騎士たちがドン引きした。

そうなんだ、この世界は田舎よりもさらに保守的なんだ。

むしろ差別はもっと酷いかもしれない。

この世界にも私が私らしく生きる術はないんだ。


 そう落ち込みながら、嘘の自分を演じ、迷宮に潜る日々が続いた。


「出たな変態悪魔!」

「うわ、きっも」


 騎士たちが貶しているのは、有名な魔人の劣化コピーと言われる悪魔だった。

その有名な魔人の名はオトコスキー、古の魔王に仕えたという大魔人だった。

その魔人の劣化コピー悪魔が嫌がらせのように迷宮に出現する。

騎士たちから毛嫌いされるその悪魔の存在により、オトコスキーの名は有名だった。


 だけど私は、その騎士たちの反応にこそ傷つく。

オトコスキーは、その名が示す通り、同性愛者なのだ。

私とは少しジャンルが違うけど、お仲間といえる。

彼は男の身で男が好きというゲイだ。

一方私は、男の身に女性の精神が宿ったトランスジェンダーになる。

どちらも似たような差別を受けてしまう。


「おい、勇者、お前が倒せ!」

「止せよ、仲間は倒せないだろうがw」


 私がそんな存在だということはもう騎士たちも気付いていた。

それで揶揄って来たのだ。


 私は騎士たちに無理やりゲイ悪魔を倒させられた。


「お、ドロップしたぞ」

「どうせ、キモイ功能のポーションだろ」


 騎士たちはそう言うと、ポーションを私に放って寄越した。

ポーションに罪は無いのに、ゲイ悪魔がドロップしただけでこの扱いだった。

つまり私もそういう扱いを受けていた。

こんなスキルや性的嗜好で差別する国なんか出て行きたい。

その思いが日々大きくなっていくのを感じている。

まあ、この中世レベルの世界では、どの国に行っても同じかもしれないけどね。


 私は気を取り直して、ポーションを鑑定した。

アイテムボックスに収納するにも、何のポーションかは把握しておきたかったからだ。


【TSポーション 性転換薬 男は女に、女は男に性転換するポーション】


 なにこれ?

私は感動に打ち震えていた。

私が必要としていた薬、間違った身体を正してくれる奇跡の薬。

それが目の前にあった。


 私は一気にポーションを飲み干した。

すると全身が輝き、その光が収まった後、私は女性の身体を手にしていた。


『ジョブ【聖女】が解放されました。隠れスキル【天啓】【$@+~錬成】がアクティベートしました』


 どうやら女性の身体を手に入れた私は【聖女】になったようだ。


「おい、こいつ女になったぞ!」

「くそ、あれは高価なTSポーションだったのか!」


 今がチャンス。

私は一瞬でそう悟った。

この騎士たちを倒して出奔すれば、女性となった私にアーケランドは気付くことはない。

それに信じられないぐらい身が軽い!


 私は女となった私を半笑いで揶揄っている騎士たちに剣を振るった。

能力の解放された私に、油断していた騎士たちは成す術もなかった。


 彼ら護衛騎士たちが亡くなっていることが見つかれば、彼らの庇護下でなければこの階層に来れない私も殺されたと判断されるはず。


 役立たずと思われていたおかげで、金属バットたちのように洗脳されなくて良かった。

私はナイジェル卿という名もブービーというあだ名も捨てて、これからは聖女として生きる。

聖女ならば、教国で優遇してもらえるかもしれない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


あとがき


 教国の聖女の正体は性転換したブービーでした。

気付いた方もいたようですが、ネタバレしないでくれてありがとう。

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