第593話 次の戦いへの準備

 砦跡地まで引き返すのに疑似転移を使わなかったは、諸々の面倒を避けるためと、教国の大型帆船を警戒するためだった。


 眷属召喚には、眷属を含めて転移出来ないという縛りがある。

空母二番艦には推進力として海竜が、搭載機に翼竜がいる。

つまり、その縛りのため、空母二番艦を丸ごと転移させることが出来ないのだ。


 空母を疑似転移させるには、眷属や乗組員をリリースして、空母を収納する必要がある。

その状態で俺と翼竜で疑似転移し、次に眷属たちを呼び、その眷属に便乗して来た乗組員と眷属たちを配置につけて、また空母として使えるようにする。

これらをやらないと空母二番艦は動けないのだ。


 砦跡地は教国の重要拠点であり、それを奪われたと知ったならば、その奪還に軍が動いているかもしれない。

もしも転移後に敵との遭遇戦になった場合、これは致命的な隙となってしまう。

時間的な余裕がある今は、そのまま航海して行った方が面倒でなく安心だったわけだ。


 ◇


 取り越し苦労だったようで、道中敵との遭遇も無く砦跡地の沖合まで戻ることが出来た。

警戒に残した空母一番艦も、砦が健在だと思ってノコノコやって来た補給部隊を制圧する程度で、ほとんど活躍の場が無かったようだ。


不死者アンデッドを放出して、ここからは退くことにした。

再建工事が始まったら、また攻撃するとしよう」


 この地は教国領北部防衛の要だった。

教国は、なんとしてでも砦を再建しようと、物資を集めて突貫工事を行うはずだ。

それも不死者アンデッドの襲撃に悩まされながら。

そんな工事中の砦を、子供が一生懸命積み上げた積み木を横から崩すように壊すのだ。

悪辣だが、これが一番効くはずだ。


「よし、拿捕した帆船はここで収納してしまおう」


 拿捕した帆船は、アンデッドを乗せていたため、収納していなかった。

アイテムボックスは便利で、一時的ならば生き物も入れられる。

ただし、長時間入れておくと何が起きるか分からないという危険性があった。

実際、時間経過庫に入れた召喚卵は、影響を受けて特殊個体化してしまった。

たまたま良い影響が出て喜んでいたが、よくよく考えれば寿命が短いなどのデメリットを抱えている可能性もあった。

これは不死者アンデッドにも言えて、アイテムボックスにどのぐらい収納しておけば悪影響が出るのかは、まだ調査しきれていなかった。

そのため帆船に乗せて空母で牽引という手段をとったのだ。


 その不死者アンデッドを放出したからには、帆船は収納してしまうに限る。

これで空母二番艦だけで動くことが可能だ。


「トリトン、この後は中継地まで戻って様子を伺っていてくれ。

マーマンとイルカたちの偵察隊をよろしくな」


「心得ました」


「新兵器が出て来たら手出し無用。

直ぐに報告してくれ」


 火薬の懸念は払拭されたが、新たな脅威が齎される可能性がある。

どうやったか知らないが、教国には地球の兵器の現物を手に入れる方法があるようだ。

それをデッドコピーになるが模倣して使っている。

いや、逆にこちらの世界の技術を組み合わせて高性能になっているものまであったな。


 魔導砲は、魔法杖の技術と帆船に搭載されている大砲の技術のミックスだろう。

大砲の火薬が手に入らなかったために、それ以上に高性能な魔導砲を開発してしまったという例だろう。


「火薬の原料を止められて良かった」


 教国による魔導砲の量産を、俺は材料の禁輸や相場操作で妨害した。

それは上手く行ったようで、魔導砲の代わりに大型弩弓バリスタを装備した帆船も見受けられるようになった。

それが火薬の量産で、改めて大砲が採用されるところだったのだ。

おそらく現物の大砲があり、弾も火薬も存在していたはず。

いや、それを南部の港湾国家攻略で使いきったのかもしれないな。


 火薬は原材料の硝石を発見するのに時間がかかったのだろう。

絶海の孤島、それを探すためには大型帆船を安全に航行させる必要があったのだ。

その大型帆船にこそ火薬が必要だった。

火薬が無いならばどうする?

その結果が魔導砲開発だったのだろう。

そこにも現物の存在があったのかもしれないな。


「まさか……」


 地球の兵器を手に入れているだけと思っていたが、もしかするとパラレルワールド的な魔法世界の兵器も手に入れているのかもしれない。


「いったいどんな存在なのだ?

教国という裏では勇者排斥を行っていた国が、まさか召喚勇者を抱えている?」


 その可能性は否定できなかった。


 そんな思いを胸にしつつ、この場をトリトンに任せて、俺は温泉拠点に戻った。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


Side:教国の聖女


「つっ! また破壊された」


 聖女は頭痛により、自分が錬成した兵器が破壊されたことを知った。


「長射程の魔導砲、空飛ぶ恐竜翼竜の間違い海の恐竜モサ、海竜の間違い、こいつらにやられたのね」


 聖女の脳裏に浮かんだのは、敵対相手の情報だった。

これこそ神のお告げの正体だった。

その情報はどこから齎されたのか?

本当に神が教えてくれているのか、傍からは判らなかった。


「なんなのよ!

教国を牛耳れば、楽な生活が出来ると思ったのに!

そもそもアーケランドが政変で転覆されたって……。

あの時、残っておけば・・・・・・良かったかも」


 聖女が悔しそうな顔をする。

まさか、アーケランドから逃げた人物なのだろうか?


「いいえ、残ってもどうせ処分されただけ。

錬金術師なんて・・・・・・・あの国アーケランドではお荷物でしかなかったもの」


 そして聖女はうっとりとした顔で鏡の中の自分を見つめた。


「あの薬を手に入れたおかげで、別人になれたのよ。

それに私本来の姿になれた。

これだけは異世界に来れて良かったわ」


 聖女が急に天を仰ぐ。


「来た!

魚雷? 潜水艦?」


 聖女に神の啓示が齎されたのか?


「潜水艦なんてMPが足りるわけないでしょ!

魚雷だって、新しくて強力な兵器なんだから。

それだけMPがいるわ!」


 どうやら兵器が新しく強力なほど錬成にMPが必要らしい。

だから帆船とかチャリオットなんてことになったのだろう。


「あの島が占拠されたのならば、火薬を節約しないとならないのに。

せめて火縄式の銃とか出て来ないのかしら?」


 どうやら、この聖女、なんらかの啓示により新兵器を錬成しているため、自分勝手に武器を作れないようだ。


「魚雷ねぇ。

いっそTNT火薬の製法を齎してくれないかしら」


 そう言うと聖女は錬成を始めた。

しばらくして、その手にはガチャのカプセルが出現していた。


「ポチっとな」


ゴーン ゴーン ゴーン


 大聖堂の奥から鐘の音が響く。

それはカセットから再生された鐘の音だった。

あの聖女が神託を得たという奇跡の合図は、安物のラジカセのスピーカーから流れていた。

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