第580話 攻撃開始

 翼竜への指示は俺が遠隔で行う。

視覚共有で情報を得て、念話で指示を出すかたちだ。

ただし、翼竜はおバカなので、単純な命令しか出来ない。

それでも、予め命令を出して翼竜に任せるよりはマシだ。

緊急時に俺が判断を下すことが出来るからな。


 翼竜の視界に帆船のマストが見えた。

トリトンが得たイルカ情報通りの推定位置に帆船は居たのだ。

イルカは帆船の進路と速度を知らせてくれた。

それにより俺たちが到着する頃の帆船の推定位置が判明していたのだ。

艦隊戦は先に発見した方が有利。

偵察による情報が勝敗を決するのだ。


 この世界、本格的な海戦はまだ起きていない。

帆船自体がオーバーテクノロジーであり、同程度の船による海戦など、帆船を手に入れた教国ですら想定していなかった。


 そのため、他の船からの襲撃などを考えてもいない。

敵船を先に発見しようなどという意識すら無いようなのだ。

彼らの攻撃目標は敵船ではなく地上施設なため、他の船を見張るという行為そのものが重視されていなかった。

見張りの役割は、主に岩礁や海の魔物などを発見であり、監視対象は海面だったのだ。


「この世界で帆船を持っているのは教国のみ。

つまり、あれは教国の帆船で良いんだよな?」



 俺は翼竜の視界に映る帆船を見てそう独り言ちた。

周辺国に確認を取ったが、どこも帆船――厳密に言うと外洋大型帆船ね――の概念すら知らなかった。

相手が知らない物を持っているかと訊ねるのが、どれだけ難しいことか。

その反応で、帆船など持っていないことが確認できたぐらいだ。


 ならば帆船=敵船と判断して良いだろう。

既に教国の大司祭から宣戦布告されているため、こちらからもいつでも攻撃して良いのだ。


『翼竜、火炎弾攻撃だ。

あの帆船を個々に狙え』


『『クワーッ!』』


 帆船は2隻いた。

それを2匹の翼竜で各個攻撃する。


 火炎弾の発射は、帆船が目視出来る距離で行なった。

その攻撃がなされるまで、帆船の乗組員は、翼竜を脅威とも思っていなかったようだ。

この陸から離れた大海原で空の魔物と遭遇したことが無かったのだろう。

接近するまで翼竜だとも思わず鳥だと認識していたようだ。


 こちらは空母で翼竜を運んでいる。

まさか翼竜が海の上から飛び立ったとは想像も出来なかったのだ。

ここまで翼竜が飛んで来るわけがない、その常識が邪魔をしたのだろう。


ドーーーーン!


 翼竜の火炎弾が帆船のマストに直撃し大爆発を起こした。

その火がマストの帆に移り、燃え上がる。

帆船は帆に風を受けて航行する。

つまり、帆がダメになれば航行不能に陥る。

現代日本のエンジン付き帆船とはわけが違うのだ。

それは風の魔導具を使っていても同じことだ。

風を受ける帆がやられてしまえば動かないのが道理だ。


 翼竜の攻撃が当たり、帆船の乗組員に狼狽が広がる。

そこにトリトン率いるマーマン隊が突入した。


 トリトンの遊泳速度は翼竜の飛行速度を凌駕する。

単独行動が許されるならば、先陣を切っていたことだろう。

だが、彼には知性も理性もあり、将として戦全体を見る事が出来た。

彼は、マーマンたちを率いての同時攻撃を選択し、その個の力を発揮して目立とうとはしなかった。

そして、マーマン隊突入の機会は、翼竜の攻撃直後だと心得ていた。


 翼竜の火炎弾攻撃で、空へと目が行っていた帆船の乗組員に、海の中からマーマンが飛び出して来て襲いかかる。

マーマンの遊泳力により、海面から帆船の甲板まで飛び上がることが出来るのだ。


 船員が翼竜に魔導砲を向けようとしている。

魔導砲は、空を狙うようには出来ていないんだけどな。

そんな仰角を取れるようには作られていない。

そもそも翼竜の飛行速度を追尾出来ない。


 その船員もマーマンの餌食になる。

ただし、今回は虐殺まではしていない。

トリトンの指示により、なるべく殺さず、情報収集できるように捕虜としていた。

まあ、戦闘能力を奪うだけの怪我はさせている。

最悪口が利ければ良いのだ。


 いや、これは魔法の回復薬で治せるという意味だからね?

治せるならば、捕虜にする方法は問わないということだ。


 トリトンの指示により、2隻の帆船が制圧されていく。

翼竜の火炎弾攻撃は、同士討ちを避けるために中止した。

そのおかげで、貴重な帆船がそのまま拿捕出来そうだった。


 だが、その時。


ドゴーーーーーーーン!


 1隻の帆船から魔導砲が放たれた。

その光魔法は、並走していた僚船に直撃する。


「このまま船を渡すものかよ!」


 そう叫ぶ男を取り押さえようとマーマンが群がる。

だが、それは叶わなかった。


ビカッ! ドーーーーン!


 男と共に魔導砲甲板が大爆発を起こしたのだ。


「自爆か!」


 いや、だがこの世界に火薬のような爆発物は存在していなかったはず。

まさか、誰かが火薬も教国に齎していた?


「最新兵器が敵の手に渡らないように、自爆装置まであったのか?」


 それは先に拿捕した奴隷船と帆船には無かった装備だ。

そもそも海戦など想定していなかった教国が自爆装置など有り得ないだろう。

自爆装置は自らに対抗し得る戦力に対して、自国の技術を渡したくないから設置するのだ。

そんな戦力が存在するとは教国は思っていなかったはず。


「となると、新兵器か?」


 教国にとって、北の海での脅威はマーマンたちだろう。

そのマーマンたちを海中で葬ろうと思えば……。


「爆雷か!」


 海中爆発の衝撃波は海棲生物に多大な影響を与えるだろう。

マーマン、マーメイド対策ということか。


 それを船内で起爆させたのかもしれない。

死なば諸共の自爆攻撃。

狂信者しか選択しない攻撃方法だ。

これも女神教のための戦いに殉じれば天国に行けるなどという妄言の結果なのだろう。


『トリトン、爆発物に注意せよ』


『爆発物?』


 そうか、爆発物の概念を知らないのか。


『捕虜を甲板上に上げて、何も触らせるな』


 くそ、俺が現地に居れば、危なそうなものをアイテムボックスに入れて無力化出来たのに。


『船が沈む!』


 その時、魔導砲に撃たれた帆船が沈みだした。

せっかく拿捕出来るところだったものを、無駄にしてしまった。

仲間が乗っている船にも躊躇いなく魔導砲を撃つなんて、まともではない。

それこそが間違った信仰の在り様なのだろうか?

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