第579話 接敵

 トリトンには、隣の中継所にいる空母まで進出してもらうことにした。

急に上級指揮官トリトンが現れて、空母に配属されたマーマンが混乱しないのかという心配は、この港湾都市に居るマーマンが海中音波で伝えることで簡単に解決した。

海の中は音が地上よりも遠くまで届くのだ。

それで鯨類などは遠くの個体と会話までできるという。

その会話方法がマーマンやマーメイドたちも使えるのだ。

こちら側の地位のあるマーマンが、空母のマーマンに指揮官の赴任を伝えることで、情報の確度まで担保することが出来たのだ。


「教国の北の海への進出は、中継所に物資を貯めて段階的に先へと進んで来ている。

その中継地を叩き、補給を断てば教国は北の海へはやって来れなくなる」


「それを空母と翼竜、そしてマーマンで行っているのだな?」


「そうだ。トリトンには、そのマーマンの監督をして欲しい。

マーマンは教国人を殺してしまうのだ。

なるべく生かして情報を得たい」


「あいつらは単純だからな。

我の配下にして規律を引き締めるとしよう」


 トリトンは海神の使徒だ。

ただの魔物であるモササウルスを神と崇めるマーマンでも、本物の神の使徒の指示ならば無下に出来ないだろう。

そして、トリトンならば、マーマンたちを配下にして使役することも可能だ。


「頼むぞ」


「心得た」


 俺の命令を受け、トリトンが空母との合流地点に向かった。

船も無く、どうするのかって?

そりゃ海棲人族だからな。泳いで行くに決まっている。

トリトンの能力を見せてもらったのだが、その遊泳スピードは世界最速に違いない。

それだけトリトンの個の力は桁外れだった。

あのまま反抗されたら大変なところだったよ。


 ◇


 あれから教国の情勢は、動いていなかった。

農業国へと貸与が決まったデチューン版魔導砲も、ようやく新地から南下を始めたばかりだ。

それが農業国南部の港湾都市まで届いて、都市の奪還に使用されるのは、何か月後だろうか。


 偽聖女と宣教師の扇動による一揆も、完全に終息した。

彼ら邪教徒テロリストの処遇は農業国に一任されているので、正統アーケランドはタッチしない。


 リュウヤが教国と対峙している国境でも何の動きも無い。


 そして、空母による中継地の破壊占領も、その動きを教国が知るまでに至っていないため、反撃を受ける事は無かった。


 俺は暇な時を見計らって、占領された中継地へと足を運んだ。

港湾都市から飛竜に乗って地道に進出したのだ。

その日のうちに行けた場所をマークして疑似転移で戻る。

そして次の日にはそこへと疑似転移し、また飛竜で飛んで先へと向かう。

そこをまたマークしてという繰り返しだ。

これも俺が長く不在に出来ないという制限のせいだ。


 そして、隣の中継地へと辿り着くと、そこが港として使えないように破壊工作を行なった。

港となる入江には海底から先の尖った円錐を土魔法で生えさせた。

木造船ならば、船底をやられて座礁することだろう。

ここを潰しておけば、この先の港湾都市まで敵船が辿り着くことは無い。

中継地が無くなったため、補給が途絶えるからだ。

それを狙っての破壊工作だった。

これにより港湾都市の安全が確保されることだろう。


 尤も、ここは空母にとっても有益な中継地だった。

だが、空母の乗員はトリトン、マーマン、猫獣人、翼竜だ。

海からの食材はマーマンたちが取り放題、余った食材を猫獣人にも渡せる。

翼竜も陸地まで飛んで行けば自ら狩りが出来る。

真水は水魔法を得意とする水棲魔物がいくらでも出す。

つまり、空母の航続距離は、帆船よりも遥かに長いのだ。


 空母も中継地で補給が必要になるが、それは教国の倍の距離、半分の頻度で問題なかった。

その差により、教国の帆船の港湾都市への到達を阻むのだ。


 そんな中継地攻略が進んだある日、空母はついに教国の帆船と遭遇することになる。


 それはイルカによる監視網に帆船が引っかかったことで判明する。

空母の周囲には数km離れてイルカが随伴していた。

その空母から12時の方向、つまり空母の前方から帆船が2隻やって来たというのだ。


 すぐさま念話のノックが響き、俺と情報が共有された。

翼竜に向かって猫獣人が話し、報告を伝えたのだ。


『トリトン、帆船は叩いておきたい。

1対2で不利だが、翼竜によるアウトレンジ攻撃で帆船を沈めてくれ』


 俺は翼竜の視界で情報を共有しつつ、トリトンに念話を送った。

トリトンも俺の眷属に登録されている。

つまり、トリトンにも念話が可能だった。

これが眷属と、その配下の決定的な違いだ。


『了解した。

だが、我やマーマンの出撃も許可して欲しい』


『それはかまわんが?』


 断る理由がなかった。

空母を安全圏に起き、翼竜による攻撃を帆船に加えれば、彼らにはもうやることがない。

だったら、彼らに海から帆船を攻撃させるのも悪くなかった。

どうせ翼竜絡みのあれこれは猫獣人がやるのだ。

マーマンとトリトンが居なくてもなんとかなる。


『出撃だ! 海を我が物顔で航海する教国の船を我らで沈めるぞ!』


『『『ギギギーーー!』』』


 トリトンに続いて、マーマンが一斉に海へと飛び込んで行った。

翼竜2匹も平甲板上からホバリングで飛び立つ。

そして、目標を東へと定めて、飛んで行く。


 ◇


Side:教国の帆船


 中継地へ補給船が、奴隷船が戻らないことを報告して来た。

タイミング的に、その補給船は奴隷船と合流して戻る予定だったのだ。

いや、そのための補給物資を運んだのだ。

既に奴隷船の船倉には獣人奴隷が満載で、その食糧を節約するためにも、出航が遅れるわけにはいかないはずなのだ。


 何かがあった。

そう判断するには材料が揃い過ぎていた。

北の海遠征の指揮官であるゴストロヴィチ大司教が捕まったという情報も来ていた。

その対処を命じられて出撃したのが、この2隻の帆船だった。

魔導砲搭載戦列船。

この世界最強の兵器を搭載した戦艦が2隻も出撃した。

大方、ゴストロヴィチ大司教は地上で捕まったのだろう。

この戦艦と同等の奴隷船が負けるわけがない。

人質を取られて屈した。

教国では、そう判断されていた。

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