第572話 空母の存在意義

 農業国からのホットライン――キバシさんが叫んだのは、空母の運用をテストしている最中だった。

キバシさんは、繋がった国のキバシさんの声色を真似て伝えるため、どの国からのホットラインなのかわかるのだ。


 といっても叫んだのはアーケランドに常駐しているキバシさんだった。

その情報が俺まで届くのには、夜間俺が温泉拠点の城まで戻る時まで待たねばならなかった。

そこは運用上のミスだった。

疑似転移には眷属を連れて行けない。

つまり疑似転移先で常にキバシさんを召喚して傍らに置かなければならなかった。

それをつい怠ってしまい、キバシさんが温泉拠点の城に居る、なんてことになってしまったのだ。


 まあ、余程の緊急事態ならば、陽菜が転移で伝えに来る……はずだ。

結衣か裁縫女子がそうするように指示するだろう。


 つまり、農業国からの緊急連絡は、直ぐに動かなければならないというほどのものではないということだった。


 いや、動いても無駄だったのだ。


 その内容は、教国による新たな攻撃の発覚だった。

農業国南部の海岸には、教国に所属していない都市国家群がある。

それは海岸部に点在する港湾都市国家が、お互いに交易することで成り立っていた。


 農業国は内陸での農業が主産業で、南部の港湾都市までわざわざ支配するような交戦的でもないし、それこそ領土を拡大する欲も無かった。

それこそ港湾都市国家側も小規模な領地を抱えているだけなので、わざわざ農業国に攻めて来ることもない。

お互いに地味な交易はあるが、それで充分だったのだ。


 そんな都市国家から農業国への救援要請があったという。

教国の帆船に攻められたのだ。

港湾都市国家の港、まさにそれこそが教国の狙いだった。

東海岸にある教国が、西に進出するためには、補給が必須だった。

その補給地として、港湾都市国家が狙われたのだ。


 この情報が伝わって来るまで、南の港湾都市から陸路で農業国の都市まで何らかの手段――早馬とか伝書魔物鳥とか――で辿り着き、そこで事態が農業国に伝わる。

しかし、そこから農業国の中枢まで情報が伝わるには、また距離的な時間がかかっているのだ。

そんな時間的な事で、占領は既に終わっているはずだった。

だから動いても無駄だったのだ。


「陸路で救援隊を送るしかないよな」


 船で運べる人員は多くは無い。

それを上回る軍で港湾都市を取り返すしかない。

帆船が居座っていなければ、魔導砲の脅威も無い。

しかし、これは帆船が戻って来るまでの場当たり的な手段だ。

取って取り返しての消耗戦になりかねない。


 この動きはある程度予想していた。

教国の狙いは西にある国家、農業国やエール王国への侵略だろう。


 陸路はアーケランドが蓋をしている。

長年戦って、嫌というほど負けて来たのだ。

今の状態は、むしろ女神教の信仰者が多かったおかげで滅ぼされずに済んだ形だ。


 そこで狙ったのが、海路による侵略。

その手段である帆船と魔導砲というオーバーテクノロジーを手に入れたことが切っ掛けだろう。

そして南海岸を狙ったのには理由がある。


「北周りは何も無いと把握済みだったからな」


 教国の西進は、北周りでも行なわれていた。

それが、北の海岸にあった補給所だ。

だが、そこは教国にとっては金のかかる施設だったのだろう。

何も無い所に港を整備し、建物も建てなければならない。

その経費を賄うために、獣人を攫って奴隷として売り、補填しようとしたのかもしれない。


 まだ調べていないが、北の海岸拠点の東にも、補給所が存在している可能性が高い。

帆船がやって来たからには、中継点に補給所が在ってしかるべきだ。


「今度空母で調べに行く必要があるな」


 やっと手に入れた外洋船だ。

乗員の練度を上げて、運用可能にしなければならない。


「そういや、帆船は奴隷船と交代しに来ていたはず。

そろそろ隣の中継点に奴隷船が到着しないと、何かあったと気付かれるか」


 と言っても、その情報を教国まで届ける役目は奴隷船になる。

いまの教国の情報伝達手段の中で一番速いのが船便だからだ。

魔物の鳥での手紙も、船の速度と移動距離には勝てない。

次の中継点にも到着せず、奴隷船が予定の期日に教国に着かないことで、初めて異常事態だという情報が届くのだ。


「その前に動かなければならない」


 そのための奴隷船の修理改造だったのだ。

そして、俺が居れば眷属召喚によりいくらでも呼べる翼竜を、わざわざ奴隷船を空母にしてまで乗せた理由がそこにある。


 空母は俺に頼らず単独行動で進出してもらわなければならない。

なぜならば、俺が空母で長期遠征するわけにはいかないからだ。

俺にはアーケランド王としての執務があるのだ。

あまりサボるとまずいのは言うまでもないだろう。


 空母には作戦に則って、先に行動してもらう必要があった。

教国の中継点を攻撃するにしても、船にはそこまでの移動日数がかかるのだ。

俺は後から飛竜に乗って合流することになるだろう。

その間、教国の艦隊に遭遇したら、ただの奴隷船改では勝ち目がない。

そのための翼竜搭載なのだ。

アウトレンジからの攻撃、それこそが教国の艦隊を相手にする切り札となるのだ。


 俺は俺で北の海岸線で動く。

そう農業国に伝えるしか対応手段はなかった。

北で動きがあれば、教国も帆船を派遣しなければならなくなる。

それが農業国への援護になる。


 空母を回航しようにも、南の海岸は遠すぎるし、不可能なのだ。

西周りは極地航路なので不可能。

東周りは、教国の支配する東海岸を通らなければならない。


 俺が遠征して、戦車を使うか?

それこそ国の運営が困ることになる。

疑似転移を駆使すれば出来なくはない。

だが、それをやっていては、俺の身体がもたない。


「うーん、他人に働いてもらうには技術の開示が必要か?」


 帆船の設計図は燃えた帆船を分解することで手に入れた。

魔導砲もコピー出来る。

それを農業国に渡せば教国と互角に戦えるだろう。


 だがそれは、農業国にも危険な武器を持たせることになる。

強力な武器は人を狂わせる。

いまの農業国指導部が穏健でも、力を持った愚か者に倒され、侵略国家に早変わりしても不思議ではない。

それがこの世界だ。


「面倒な国が増えるだけか」


 人は利己的だ。

自分たちに危害が加わるならば、必死に戦う事だろう。

だが、遠い異国で戦争が起きていても、わざわざ助けに行くかというと、そうでもない。

アメリカでさえそうだ。

武器を売って、自分で戦ってねという感じの対処だってする。

しかも、自国に向けられるのを避けるために、性能を落した武器を売りつける。


「そうだ、モンキーモデルだ」


 アメリカが性能を落とした武器を同盟国に売る、そんな武器をモンキーモデルという。

それを農業国に渡すことは可能だ。


「魔導砲は、魔力回路に細工をしておけば、使用にも制限をかけられるな」


 まあ、あの威力の魔導砲そのものを渡すわけにはいかない。

だが、中程度の性能ならば、縮小版を渡しても良いだろう。

もし、それがこちらに向いたときは、自爆するようにしておこうか。


 ブラックボックス。

それを開けようとするならば、その武器は機能を失う。

そして、その際に自爆するようにも出来る。

命令信号で自爆なんてことも可能なのだ。


 友好国を疑うのは気が引けるが、武器の威力のせいで野心を抱く愚か者が出る可能性は否定できない。

そのためのブラックボックスだと納得しよう。


 こうして農業国には中型の魔導砲が貸与されることになった。

それが南の港湾都市まで届くのにも日数がかかる。

情報伝達と移動速度、それを制した者が圧倒的に有利だった。

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